事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

映画時評

ウテール・ベン・ハニア『皮膚を売った男』

主人公に富をもたらし束縛するものを、実は私たちも背負っている筈だ 第93回アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされ、第77回ヴェネチア国際映画祭ではオリゾンティ部門男優賞を受賞した本作、まず何とも人を喰った様な奇妙な設定が目を惹く。不用意な…

デヴィッド・ゴードン・グリーン『ハロウィン KILLS』

なぜブギーマンは何度も甦り、ハロウィンの悲劇は繰り返されるのか ジョン・カーペンターによる1978年のホラー・クラシック『ハロウィン』の40年後を舞台にした2018年版『ハロウィン』は、全米公開初週で7600万ドル以上の興行収入を稼ぐヒットとなった。その…

クォン・オスン『殺人鬼から逃げる夜』

殺人鬼に追われる主人公の孤独は、聴覚障害者に対する社会的無関心と繋がっている 日本でも吉岡里帆主演でリメイクされた韓国映画『ブラインド』は交通事故で視力を失った主人公がサイコキラーに狙われるスリラーだったが、本作の主人公ギョンミは聴覚と発話…

首藤凜『ひらいて』

強引に扉をこじ開けて入り込んでくる誰かを、私たちは時に必要としている 綿矢りさの小説はデビュー作の『インストール』ぐらいしか読んでおらず、その映画版はいかにもTVマンが演出したといった感じのノリが鼻について楽しめなかったのだが、大九明子が監督…

ニア・ダコスタ『キャンディマン』

キャンディマンはアメリカの負の歴史が産み落としたアンチ・ヒーローなのだ ここ最近、80年代から90年代にかけてのホラー映画のリメイク、リブート作品が続いているが、いよいよ『キャンディマン』ときた。クライヴ・バーカーが製作総指揮を務めた1992年のオ…

ドゥニ・ヴィルヌーヴ『DUNE/デューン 砂の惑星』

ドゥニ・ヴィルヌーヴの作りだすビジュアルには枯淡とでも言うべき味わいがある まさか、今頃になって『デューン』の再映画化が果たされるとは…人間、長生きはするものだ。アレハンドロ・ホドロフスキーによる映画化企画が頓挫し、デヴィッド・リンチが監督…

リドリー・スコット『最後の決闘裁判』

真実を「藪の中」から引きずり出せ 83歳になっても相変わらず旺盛な創作意欲を見せるリドリー・スコットの新作は、百年戦争に揺れる14世紀のフランスを舞台に実際に行われた決闘裁判の顛末を描いた、いわゆるコスチューム・プレイものである。当時のフランス…

キャリー・ジョージ・フクナガ『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

本作は確かにジェームズ・ボンドの物語だが、ボンド映画とは言えない 当初は2020年2月に公開予定だったこの映画、新型コロナウイルスの影響で何度も延期され、ようやく陽の目を見たのが何と2021年の10月である。当然、映画はとっくに完成していたので、映画…

マイケル・チャペス『死霊館 悪魔のせいなら、無罪』

ジェームズ・ワンのホラー映画が描いているのは視線に対する恐怖なのだ 現代ハリウッドホラーのキーパーソン、ジェームズ・ワンとリー・ワネルは映画学校で出会い、2003年に1本の短編映画を作る。それが、世界中で大ヒットしたシチュエーション・スリラー『…

ナタリー・エリカ・ジェームズ『レリック―遺物―』

あなたの知らない間に、親たちはゆっくりと変質していく タイトルを見て、ピーター・ハイアムズが昔撮ったクリーチャー・ホラーのリメイクかな?と思った方は悪しからず。日系オーストラリア人の女性監督ナタリー・エリカ・ジェームズのデビュー作は、ジャン…

リサ・ジョイ『レミニセンス』

忘却と追憶―「水」の両面性が、登場人物たちの運命を左右する この映画、予告編や公式サイトでは『インセプション』との類似をほのめかしつつ、クリストファー・ノーランの弟であるジョナサン・ノーラン制作という点を大きくアピールしていて、監督、脚本を…

M・ナイト・シャマラン『オールド』

オチの出来不出来に左右されない美点がシャマランの映画にはある筈だ 大傑作『ミスター・ガラス』で自身のキャリアを総括したM・ナイト・シャマランの新作は原点回帰とも言うべき、ラストに驚愕の真相が待ち受けるサスペンス/スリラーである。原作は、ピエー…

濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』

テクストを読む、という行為を通じてゆるやかに織り上げられていく物語 本作はカンヌ国際映画祭で日本映画としては史上初となる脚本賞の栄誉に輝いた。原作は『女のいない男たち』と題された、「いろんな事情で女性に去られてしまった男たち、あるいは去られ…

テイラー・シェリダン『モンタナの目撃者』

山火事と消防隊員という魅力的な設定を活かした見せ場のないのが物足りない 深い雪に覆われた山岳を舞台にしたスリラー『ウインド・リバー』に続くテイラー・シェリダンの監督2作目はアンジェリーナ・ジョリーを主演に迎えた、サスペンス映画とディザスター…

白石和彌『孤狼の血 LEVEL2』

鈴木亮平の演技は一見の価値ありだが、ヤクザ映画としてのダイナミズムに欠ける 本シリーズは柚月裕子の長編小説を原作としているが、映画版2作目『孤狼の血 LEVEL2』は映画オリジナルのストーリーとなった。当初は小説版三部作の第2作目『凶犬の眼』をベー…

ジェームズ・ガン『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』

スクリーンを躍動する肉体に全てを賭けるジェームズ・ガンの覚悟 もともと「DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)」はマーベルの「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」に対抗すべく、DCコミックスのスーパーヒーローたちが集結する『ジャステ…

ジョン・M・チュウ『イン・ザ・ハイツ』

手を変え品を変え、再生産されるアメリカン・ドリームの神話 賞レースを総ナメし空前の大ヒットを記録したブロードウェイ・ミュージカル『ハミルトン』のクリエイターであるリン=マニュエル・ミランダの初期作『イン・ザ・ハイツ』が『クレイジー・リッチ!…

ロド・サヤゲス『ドント・ブリーズ2』

憎悪と孤独が生み出した怪物に引導を渡す為にこの続編は作られた その奇抜な設定と緊張感漲る演出が話題を呼び、2週連続全米No.1を獲得するまでのヒットとなった『ドント・ブリーズ』。そのヒットにあやかるべく『ドント・スリープ』や『ドント・スクリーム…

ジャスティン・リン『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』

死者が何度も甦る世界で、生者の不在が暗い影を落とす 予告編でも明かされていた通り、シリーズ第9作となる本作ではハンという人気キャラクターがまさかの復活を果たす事となった。このシリーズは時系列がこんがらがってややこしいので簡単に説明しておこう…

ジョン・スー『返校 言葉が消えた日』

手際よくまとめられた語り口が映画とゲームの本質的な違いを際立たせる この映画の原作は台湾製のインディーゲーム『返校 -Detention-』で、私もNintendo Switch版をプレイしている。ゲームシステムは横スクロールのマップが何層にも重なったフィールドをキ…

村瀬修功『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』

観てから読むか、読んでから観るか?それが問題だ この映画、ガンダムシリーズの劇場公開作品としては『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』以来の大ヒットとなっているそうだ。私は小学生の頃、『機動戦士ガンダムZZ』をリアルタイムで観ていて、その流れで『…

石川慶『Arc/アーク』

深淵なテーマを内包したSF映画の力作だが前半と後半の乖離が惜しい 『愚行録』『蜜蜂と遠雷』で高い評価を得た石川慶監督の新作は、日本では珍しい長編SF映画である。原作は中国系アメリカ人のSF作家、ケン・リュウの短篇小説「円弧」。ケン・リュウは日本で…

エメラルド・フェネル『プロミシング・ヤング・ウーマン』

男たちは女にではなく、自らの過去に復讐される フリージャーナリストの伊藤詩織がTBSテレビの政治部記者だった山口敬之を準強制性交等罪で告発した事件は、国内外で大きな話題となったので覚えている方も多いだろう。結局、東京地検はこの事件を証拠不十分…

アダム・ウィンガード『ゴジラvsコング』

世界は、ついに怪獣プロレスのリングと化した レジェンダリー・エンターテインメントとワーナー・ブラザース・ピクチャーズの共同製作による「モンスターバースシリーズ」も、ゴジラとキングコングが対決する本作でいよいよ大団円を迎える事となった。好調な…

ロバート・エガース『ライトハウス』

半人半漁の怪物も邪悪な海神も、暗く深い虚無の渦へと飲み込まれていく 17世紀のセイラム魔女裁判をモチーフにした『ウィッチ』で高い評価を得たロバート・エガース監督の2019年の作品『ライトハウス』が、ようやく我が国でも公開された。日本でも信用できる…

ジョン・クラシンスキー『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』

前作の世界観が大きく拡張され、ポストアポカリプスものとしての性格が強まった第2作 私は前作について「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の「サイレント図書館」とやっている事は同じ、と書いた。眼が見えない代わりに聴覚が異常発達したエイリア…

クレイグ・ガレスピー『クルエラ』

髪の毛を黒と白に染め分けたクルエラはモードの破壊者なのか 『ヴェノム』やら『スーサイド・スクワッド』やら、巷ではアメコミ原作のヴィラン映画が大流行だが、ディズニー・ピクチャーズもこの手のヴィランものには乗り気の様である。ここ最近のディズニー…

吉田大八『騙し絵の牙』

原作のエモーショナルなドラマ性は後退し、コン・ゲームとしての面白さが際立っている 大泉洋の顔が大写しになったこの映画のポスターは、そのまま特殊詐欺被害防止啓発ポスターにも採用されている。確か『紙の月』も詐欺・横領抑止キャンペーンのポスターに…

フロリアン・ゼレール『ファーザー』

錯綜し破綻したヒッチコック的語り口が垣間見せる、認知症患者の見る世界 私の母は、死の数か月前から認知症の兆候があらわれ始めていた。既に他界した筈の父が家にやってくる、と私に電話を掛けてくる様になったのはいつ頃からだろうか。当初は、父が既に死…

ジェリー・ロスウェル『僕が跳びはねる理由』

世界の複雑さを複雑さとして受け止める事―自閉症スペクトラムが気づかせてくれる美しさ 例えば「自閉症的」といった言葉がからも分かるとおり、自閉症スペクトラムとその患者については他者とのコミュニケーションを拒否し、孤独を好む社会不適応者というイ…