事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ジャスティン・リン『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』

死者が何度も甦る世界で、生者の不在が暗い影を落とす

予告編でも明かされていた通り、シリーズ第9作となる本作ではハンという人気キャラクターがまさかの復活を果たす事となった。このシリーズは時系列がこんがらがってややこしいので簡単に説明しておこう。ハンが初めて登場したのはシリーズ第3作『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』からである。そもそも、初代『ワイルド・スピード』はストリート・レースに全てを捧げる若者たちの青春と友情を描きつつ、そこに派手なカースタントを盛り込んだ事で、カーマニアに限らず多くの観客から好評をもって迎えられた。しかし、続編である『ワイルド・スピードX2』では主役の一人ドミニクを演じていたヴィン・ディーゼルが降板し、更に東京を舞台にした『X3』ではブライアン役のポール・ウォーカーにも出演を断られてしまう。何とか頼み込んでヴィン・ディーゼルカメオ出演して貰ったものの、舞台を東京に移し心機一転を図ったのが裏目となったか、『X3』はファンからの評価も散々、興行的にも大失敗に終わる(ドリフトを駆使したカーアクションは良かったが)。その中でサン・カンが演じたハンの飄々としたキャラクターは、観客に強い印象を残し、ルーカス・ブラック演じる主人公ショーンがドミニクやブライアンと比べて今ひとつキャラが立っていないというか、そこら辺のとっぽい兄ちゃんにしか見えなかったのを見事に補っていた。しかしながら、ハンは映画の終盤、敵役とのカーチェイスの末に命を落としてしまう。つまり、彼はこの作品限りのキャラクターだった筈なのである(そもそも『X3』は 日本を舞台にした異色作という事もあり、その後のシリーズ展開の中でもほとんどフォローされる事がなかった)。
『X3』のラストにほんの少しだけ登場するドミニクが「ハンとは昔ファミリーだった」と感傷に浸るのだが、ここから続く『ワイルド・スピード MAX』『ワイルド・スピード MEGA MAX』『ワイルド・スピード EURO MISSION』は、その「ファミリーだった」頃、つまりハンが東京へやって来る『X3』以前のエピソードを補完するかたちで作られていた。時系列を遡る事でハンは最初の復活を遂げた訳だ。

ご存じのとおり、ストリートレースの要素を排除し、荒唐無稽さを増したカーアクションを前面に押し出した『ワイルド・スピード MAX』の大ヒットによってシリーズは見事な復活を遂げるのだが、その結果、続編が作られる毎に登場人物が増え続け、MCUの様なユニバース化を遂げていく事になった。物語の都合で過去に登場したキャラクターが呼び寄せられ、逆に用済みとなったキャラクターは適当な理由をでっち上げられて葬り去られていく。例えば、4作目『MAX』に登場したドミニクの恋人レティは、ブライアンの依頼で麻薬組織に潜入した為に殺害されてしまう。すると5作目『MEGA MAX』に登場したエレナという新人警官がドミニクと心を通わせる様になり、やがて彼女は警察を辞職してドミニクの犯罪チームに加わる。ところが、6作目の『EURO MISSION』に至って、死んだと思われていたレティが実は生きていたと判明しメンバーに復帰してしまう。そうすると、逆にエレナというキャラクターが邪魔になってくる訳で、気の毒な事にエレナは7作目『ワイルド・スピード SKY MISSION』ではドミニクのチームを抜けて警察に復職した事にされ、8作目『ワイルド・スピード ICE BREAK』でとうとうシャーリーズ・セロン演じる犯罪者サイファーに殺されてしまうのだ。しかも、エレナにはドミニクとの間に子供を設けており、その遺児を引き取るかたちでドミニクとレティは新しい家族を築いていく…果たして、これはいい話と言えるのか?
といった風に、作り手の都合で死んだと思っていたキャラクターが生き返ったり、あっけなく殺されたり、前作で死に物狂いの戦いを繰り広げた相手が次作ではあっさり仲間に加わり、バーベキューパーティに参加したりするご都合主義的な展開は、もはや本シリーズのお約束なので、最新作『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』でハンが二度目の復活を果たすと聞いても特に驚かなかった。そもそも、『EURO MISSION』のラストでハンを殺した真犯人と説明された(これも完全に後付けなのだが)ジェイソン・ステイサム演じるショウが『ICE BREAK』でいけしゃあしゃあとドミニクの仲間となり、スピンオフ作品『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』の主役に抜擢された時点で、観客も深く考える事をやめた筈である。劇中、ハンが生きていた理由を本人の口からごちゃごちゃ説明していたが、どうでもいいので内容は全く覚えていない。そんな説明が全く意味の無い後付けに過ぎないのは十分に分かった上でファンは楽しんでいるのだ。
しかし、いやだからこそ現実の交通事故で命を落としたポール・ウォーカーの演じていたブライアンの不在がどれほど大きいものだったのかが観客にも伝わってくる。ポール・ウォーカーの死は、撮影途中だった『SKY MISSION』の内容や今後のシリーズ展開に大きな変更を迫る事になったが、作り手たちはブライアンはドミニクの妹ミアとの間に子供が生まれた事をきっかけに犯罪チームから引退した、というかたちで『ワイルド・スピード』の物語から彼を退場させた。前述のエレナの様に適当な理由を付けて物語の上でも死んだ事にする、という方法もあった筈だし、その方がその後の展開の整合性も取れたと思うのだが、作り手たちは虚構とはいえポール・ウォーカーに二度目の死を与える事が残酷に過ぎると考えたのだろう。以降、シリーズは「ブライアンは家族と一緒に幸せに暮らしている」という虚構を抱え込む事で、彼の不在を乗り越えようとしてきた。それは必然的に物語に避けられない歪さを呼び込む事になる。妻のミアはその後の作品にも登場するのに、生きている筈のブライアンだけは決して姿を現さない。ドミニクは自分の息子に―生きている筈の友人に哀悼の意を示すかの様に―ブライアンという名前を付ける。最新作でも、ブライアンに協力を求めようという仲間の言葉を、ドミニクは頑なに拒む事しかできないのだ。作り手の都合で何度でも死者が生き返る世界の中で、生きている筈の男の不在が、動かしようのない現実として映画に暗い影を落とし続けている。エンディングの直前に登場する青いGT-Xは、作り手たちがその不在に耐えられない事の証なのだ。

 

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本作ではとうとう、車にジェットエンジンを搭載して宇宙にまで飛び出してしまう訳だが、シリーズを追う毎に荒唐無稽さを増していく、という意味では一時期の007シリーズを思わせる。さすがのボンド・カーも宇宙には行けなかったが。