事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ『DUNE/デューン 砂の惑星』

ドゥニ・ヴィルヌーヴの作りだすビジュアルには枯淡とでも言うべき味わいがある

まさか、今頃になって『デューン』の再映画化が果たされるとは…人間、長生きはするものだ。アレハンドロ・ホドロフスキーによる映画化企画が頓挫し、デヴィッド・リンチが監督を務めた1984年版も散々な出来に終わった事で、フランク・ハーバートによる大河SF小説デューン』は、ハリウッドにとって呪われた作品となった。その意味で、『ブレードランナー』の続編を作るという、そもそも企画した奴の頭がおかしいとしか思えない無茶ぶりを、曲がりなりにも形にしたドゥニ・ヴィルヌーヴぐらいしか本作の監督は務まらなかっただろう。
これまで『デューン』の映画化が上手くいかなかったのは、あまりにも長大かつ壮大な原作の物語を1本の映画のシナリオにまとめきれなかった、という点に尽きる。ホドロフスキーの構想では上映時間が10時間にも及んだと言うし、デヴィッド・リンチ版もラフカットでは4時間あったものを強引に2時間に編集して公開された為に何だかよく分からないストーリーと、グロテスクな映像が延々と続く代物となり、興行的にも大コケする事になった。『ロード・オブ・ザ・リング』など、最近は長大な原作を映画化するにあたって最初から分作を前提にして制作される事も多くなったが、それだって1作目がコケれば計画の変更を余儀なくされる訳で、映画というのは基本的に長い物語を描くのに不向きなジャンルなのである。だから、今『デューン』を映像化するなら、サブスクリプション・サービスの連続ドラマとして作った方が良いのではないかと思うのだが、ハリウッドはまだあきらめてなかった訳だ。幸い、二部作を予定していたドゥニ・ヴィルヌーヴ版も、この1作目がヒットした事で無事に続編の製作が決定したらしい。
私は、デヴィッド・リンチ監督版を以前に観ているが、内容についてはすっかり忘れていたので、比較をする為この機会に見直してみた。分作を前提としたヴィルヌーヴ版と137分に原作小説のストーリーを全て詰め込んだリンチ版では、当然、後者の方が駆け足の展開になる筈だ。実際、ヴィルヌーヴ版が155分使って語った物語を、リンチ版は90分ぐらいで片づけているのだが、そのパートについて言えば、ほとんど同じ内容である。両監督の演出技法の違いから155分と90分という時間の差が生まれているが、別にリンチ版がエピソードをはしょっている訳ではない。だから、リンチ版が駆け足になるのはその後なのである。何しろドゥニ・ヴィルヌーヴがもう1本映画が作れると考えている内容を、デヴィッド・リンチは残りの40分ぐらいで済ませてしまうのだ。従って、リンチ版は終盤から異常なスピードでエピソードが消化されていく事になる。もちろん、これはデヴィッド・リンチに最終編集権が無く、4時間分のフィルムを2時間まで切り詰められた事も原因なのだろう。ただ、このちぐはぐなペース配分が映画に妙な魅力を与えているのも確かだ。
ドゥニ・ヴィルヌーヴは、リンチ版の様な性急さとは無縁である。彼は終始、スタティックな空間に登場人物を点景の如く配置し、厳かで緩やかな時間の流れを隅々までいき渡らせていく。サイケデリックでカオスな造形を指向したホドロフスキー、グロテスクでフリーキーなデザインに淫するリンチと異なり、ヴィルヌーヴの作り出すビジュアルには寂寞とした侘しさがあり、それは『複製された男』や『メッセージ』といった過去作でも大いに発揮されていたが、本作の舞台である砂漠の風景は『ブレードランナー2049』の後半で主人公が訪れる、廃墟となったラスベガスを彷彿とさせる。時間の移り変わりによって様々に表情を変える砂漠の風景の美しさが、本作の見どころとなっている事は間違いない。そこには枯淡とでも言うべき美学が感じられる筈だ。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、アレハンドロ・ホドロフスキーデヴィッド・リンチドゥニ・ヴィルヌーヴも、奇を衒った映像でハッタリをかますのが得意な作家である。それでも作り手の資質によってここまで印象の異なった映画になる、というのは映画という総合芸術の幅の広さを窺えて面白い。例えば、敵役であるウラディーミル・ハルコンネン男爵が反重力装置によって宙に浮かび上がるシーンなどをとっても、ヴィルヌーヴ版とリンチ版ではテイストが全く違う。スタイリッシュな空間設計と独特の間を追及するヴィルヌーヴに対し、リンチの演出はいかにもB級映画風の、キッチュな出鱈目さを前面に押し出している。先ほど書いた様に、ヴィルヌーヴ版とリンチ版ではメインとなるストーリーがほぼ同じなので、両者の作風の違いを見比べるには最適だろう。ホドロフスキー監督版が企画され、挫折する過程を追ったドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』と合わせてご覧頂く事をお勧めしたい。

 

あわせて観るならこの作品

 

ホドロフスキーを始め、絵コンテを担当したメビウス、キャラクターデザインを手がけたH・R・ギーガー、特殊効果を担当するダン・オバノンなどのインタビューで構成されるドキュメンタリー。この作品が完成していれば、現在のSF映画史は書き代わっていただろう、と思わせてくれる。

 

デューン (字幕版)

デューン (字幕版)

  • カイル・マクマクラン
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上映時間を半分に削った為に生じた説明不足を補う為だろう、この映画はとにかく台詞が多い。ナレーションやモノローグがバンバン挿入され何でもかんでも説明してくれるので、些か話の流れが掴みづらいヴィルヌーヴ版のサブテキストとしても最適。