事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ジョン・スー『返校 言葉が消えた日』

手際よくまとめられた語り口が映画とゲームの本質的な違いを際立たせる

 この映画の原作は台湾製のインディーゲーム『返校 -Detention-』で、私もNintendo Switch版をプレイしている。ゲームシステムは横スクロールのマップが何層にも重なったフィールドをキャラクターを操作して探索するアドベンチャーゲームで、同じホラーゲームで映画化された事もある『トワイライトシンドローム』からの影響が色濃いのだが、1960年代戒厳令下の台湾という一風変わった舞台と、ホラーの文脈で白色テロの恐怖を描いたゲームとして話題となった。開発者によると、このゲームはエドワード・ヤンに代表される台湾ニューシネマからインスピレーションを得ているらしい。私も何となく『牯嶺街少年殺人事件』に似ているな、と思いながら遊んだ覚えがある。結果的に、本作は台湾のみならず世界的にも注目を集めて大ヒットとなり、その勢いを駆って本国で映画化、更にはNetflixでドラマ化まで決定した訳だ。このゲームを開発した赤燭遊戲(Red Candle Games)は最新作が思わぬトラブルで発売中止になるなど一時は苦境に立たされていたが、それでも倒産を免れたのは『返校 -Detention-』のIP展開が成功した事もあるのだろう。
とはいえ、いくら設定が『牯嶺街少年殺人事件』に似ているからって、あれほどの完成度を映画版に期待してもしょうがない。台湾製の変わり種ホラーとしてそこそこ面白かったらまあいいかな、ぐらいの気持ちで観に行ったのだが、いやなかなかの完成度である。ホラーゲームの映画化といえば、『サイレントヒル』の様な成功例から、『トワイライトシンドローム』みたいなどうしようもないものまで色々とあるが、本作はその中でもトップクラスの部類に入るのではないか。台湾ニューシネマ以降、私たちは台湾映画に縁遠くなってしまったが、その間にこれだけ面白い娯楽映画を生み出す環境が整っていたという事なのだろう。
ところで、ひと口にゲームの映画化作品といっても多種多様な手法が考えられる。よくあるのが、原作ゲームが持っていたコンセプトや世界観は共有しつつ、映画オリジナルのストーリーを採用するパターンだろう。当初からメディアミックスを意識している場合だと、映画版のストーリーもゲームと齟齬を来さない様に気を配っている事も多いが、ポール・W・S・アンダーソンの『バイオハザード』の様に、シリーズを重ねる内にもはやゲームとは何の関係も無い展開になっていく場合もある。その反対に、ゲームの忠実な映画化というのは意外に少ない。というのも、ゲームのストーリーとはユーザーが能動的にプレイする事で形作られていくのに対し、映画のストーリーとは最初から完成したものを観客が一方的に享受するものだからである。つまり、いくらゲームと同じプロットを有していても、例えばプレイヤーがダンジョンで迷ってウロウロしたり、ボスキャラと戦ってゲームオーバーになったりといった、個々のプレイヤーが作るストーリーを映画が再現する事はできない。しかし、そもそもゲームの中に登場する敵キャラや謎解きや入り組んだダンジョンは、全てそれぞれのプレイヤーに異なった体験(ストーリー)を楽しませる為に用意されているのだ。私たちがゲームの映像化作品にいつも物足りなさを感じるのも、自分の体験(ストーリー)が映画の中で語られていない、という解消される事のない不満を感じるからだろう。
原作は小規模なデベロッパーが作ったという事もあり、比較的短時間で終わるゲームだったが、それでも主人公の行く手を阻むクリーチャーや謎解き要素が幾つも用意されていた。映画版ではそうした要素をできるだけ減らし、ゲームの中で語られていたストーリーを分かりやすく整理し、エモーショナルなドラマとして提示している。監督のジョン・スーはこれが長編映画デビュー作らしいが、台湾最大のマシニマ(ゲームのカットシーンやプレイ映像を編集し繋ぎ合わせ、独自の物語を語る映像作品)制作グループ出身という事もあり、混乱したゲームプレイ(プレイヤーがクリーチャーに捕まったり、謎解きに迷って進めなくなったりする度に、ゲームのストーリーは反復し停滞する)の中から明確なプロットを抜き出す技術に長けている様だ。しかし、そのすっきりとした語り口が原作の持っていた曖昧で模糊とした独特の空気感を損なってしまった様にも思う。何が起こっているのか判然としない世界の中で、手探りで真実を解き明かす感覚はやはりゲームならではの体験だという事なのだろう。

 

あわせて観るならこの作品

 

せっかくだから、 『返校 -Detention-』に影響を与えた2つのゲームの映像化作品を紹介しよう。こちらはKONAMIの名作ホラーゲームを『ジェヴォーダンの獣』や『美女と野獣』のクリストフ・ガンズが映画化。この作品が秀逸なのは、映画として一貫したプロットを構築しつつ、原作のゲーム体験をストーリーに落とし込んでいるところだろう。ビジュアル的な再現度も高く、作り手の原作に対する愛情が伝わってくる。

 

国産ジュブナイルホラーゲームの映像化作品。NintendoDS用ソフト『トワイライトシンドローム 禁じられた都市伝説』の発売に合わせ、2本の映画作品が公開された…が、原作の設定を完全に無視し、当時流行していたデスゲーム映画に改変されている。原作に対する愛が全く感じられないのはいいとして、登場人物が終始ギャーギャーうるさく、しかも全く感情移入できないバカばかりなのでさっさと全員死んでくれとしか思えないのはデスゲーム映画として致命的だろう。