事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

映画時評

マイク・ミルズ『カモン カモン』

未来はいつでも謎めいた顔つきで私たちをさし招く 2児の父となった今でも、私は未だに自分の感情をコントロールできずにいる。時に、怒りや不安の矛先を子供に向ける事もあって、その度にひどく落ち込んでしまう。大人たちはいつも、自分の子供とどう向き合…

白石和彌『死刑にいたる病』

自由に生きようとする意志を嘲笑う悪意 祖母の死をきっかけに帰郷した大学生、筧井雅也はある日、死刑判決を受けた連続殺人犯、樫村大和からの手紙を受け取る。大和は雅也が中学生の頃に行きつけだったパン屋の主人だった。郷愁に誘われ面会に訪れた雅也に大…

ハンナ・ベルイホルム『ハッチング ー孵化ー』

新鮮味に乏しいホラー映画だが、母親役の怪演は一見の価値がある 『ミッドサマー』のヒットを受けてだろうか、北欧産のホラーという点をアピールポイントにしている本作だが、映画そのものに北欧らしさはまるで感じられない。じゃあ北欧らしさって何なの?と…

ギレルモ・デル・トロ『ナイトメア・アリー』

獣人としての運命を決して受け入れてはならない ここ最近、映画の感想を書くのをさぼりがちで、確かこの映画を観たのが3月末だから既に2か月近く経っている。老化の著しい私の脳みそは本作の内容をほとんど覚えておらず、この記事を書くにあたってネタバレあ…

レオス・カラックス『アネット』

走り続けろ、過去に追いつかれないように これまで観た映画の中でベスト3を選べ、と言われればレオス・カラックスの『汚れた血』は必ず入る。それぐらいに好きな作品なのだが、カラックス作品というと後は『ポンヌフの恋人』ぐらいしか観ていない。そういえ…

アスガル・ファルハーディー『英雄の証明』

ファルハーディーのエンターテイナーぶりがいかんなく発揮された秀作 義兄から借りた金が返済できず、刑務所に収監されたラヒムは2日間の休暇を得て仮出所する。彼が遺跡の保存作業に従事する姉の夫ホセインに会う為、クセルクセス王の墓に赴く場面から映画…

マット・リーヴス『THE BATMAN-ザ・バットマン-』

探偵から騎士へ―バットマンの変貌 ここ最近、気分が落ち込んで映画の感想もなかなか書けないでいる。生きていても何もいい事がないのに、毎日朝早くに起きて仕事に行く…いつまで俺はこんな事を続けなくちゃならないんだ?別に望んで生まれてきた訳でもないの…

ケネス・ブラナー『ベルファスト』

どんなに悲惨な状況でも、人は愉しみや喜びを求め続ける ケネス・ブラナーはロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身の舞台俳優としてキャリアを積み重ねながら映画にも進出し、主にシェイクスピア作品の映画化でこれまで高い評価を得てきた。しかし、そう…

チャールズ・マーティン・スミス『ボブという名の猫2 幸せのギフト』

どん底の人生を送っていても、誰かを大切に思い幸せにする事はできる 2007年3月のある夜、麻薬に溺れ路上生活を送っていたジェームズは、ひょんな事から一匹の野良猫と出会う。なぜかなついてしまったその猫を彼はボブと名付け、仕方なく飼い始める。しかし…

ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ『GAGARINE/ガガーリン』

孤独な青年の想像力が、老朽化した団地を一隻の宇宙船に変える パリ東郊、旧ソ連の宇宙飛行士の名が冠せられたその団地は1963年の落成以来老朽化が進み、パリ五輪の開催を前に解体される事が決定した。2014年、映画の題材を探す為にパリを訪れていたファニー…

ブランドン・クローネンバーグ『ポゼッサー』

『ポゼッサー』はかつての映画が持っていたマイナー性を思い出させてくれる いやあ、これはいいね!デヴィッド・クローネンバーグの息子が撮ったという事で、どうせ親の七光りで作ったぬるい映画なんだろ、とたかを括っていたのだが(デヴィッド・クローネン…

レイナルド・マーカス・グリーン『ドリームプラン』

怒りと折り合いをつける事―ウィル・スミスの平手打ち ちょうどこの文章を書いている頃、本作でアカデミー賞主演男優賞を受賞したウィル・スミスが授賞式の席上でプレゼンターのクリス・ロックにビンタを喰らわず、という騒動が持ち上がった。脱毛症に悩む妻…

スティーヴン・スピルバーグ『ウエスト・サイド・ストーリー』

細かな配慮が行き届いたスピルバーグによる再演 ちょうどこの文章を書き始めた時、本作でアニタ役を演じたアリアナ・デボーズがアカデミー賞助演女優賞を受賞した、というニュースが飛び込んできた。ロバート・ワイズとジェローム・ロビンズが共同監督を務め…

ウェス・アンダーソン『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

ウェス・アンダーソンの映画は、いつか読んだはずの物語を思い出させてくれる ウェス・アンダーソンの新作、個人的に非常に楽しみにしていたのに感想を書くのを忘れていた…別につまらなかったとかそういう訳ではないのだが…最近、私生活でつらい事が多すぎて…

ジェイソン・ライントマン『ゴーストバスターズ/アフターライフ』

オリジナル版に敬意を表しつつ、その時代的限界を見事にアップデートしている 前から疑問だったのだが、『ゴーストバスターズ』のゴーストっていうのは死んだ人間の霊なのか魑魅魍魎の類なのか、いったい何なんだろう?作中で言及される霊界とは天国とか地獄…

シアン・ヘダー『Coda コーダ あいのうた』

「聴こえない」を「聴こえる」へ変えていくこと サンダンス映画祭で4冠に輝き、アカデミー賞でも3部門にノミネートされた本作は、2014年のフランス映画『エール!』のハリウッド版リメイクである。オリジナル版ではフランスの田舎町に住む酪農家だった一家が…

片山慎三『さがす』

過去にとらわれ、未来を断ち切り、現在をさがす デビュー作『岬の兄妹』で新人離れした手腕を見せつけた片山慎三の新作は、 佐藤二朗、伊東蒼を主演に迎えたサスペンス/スリラーである。どことなく中上健次っぽい空気感を漂わせた前作(そういえば、中上健次…

リドリー・スコット『ハウス・オブ・グッチ』

グッチ家を破滅へと追い込んだのは、パトリツィアではない アレッサンドロ・ミケーレがデザインチームを率いる様になってからのグッチはラグジュアリーストリート路線へと舵を切り、ノースフェイスの様なアウトドアブランドとのコラボレーションまで行う様に…

クリント・イーストウッド『クライ・マッチョ』

「葬送」から「越境」へー自らの弱さを引き受けること クリント・イーストウッドの映画について語る時、どうしても彼の年齢に触れざるを得ない。何しろ、御年91歳である。もちろん、100歳を過ぎても映画を撮り続けていたマノエル・ド・オリヴェイラみたいな…

マシュー・ヴォーン『キングスマン:ファースト・エージェント』

前2作のデタラメさは後退し、歴史活劇として落ち着いた仕上がりに このシリーズを心待ちにしている人ってどれぐらいいるんだろうか…正直、私は前作の『キングスマン:ゴールデン・サークル』でお腹いっぱい、という感じだったのだが、プリクエル的な位置づけ…

濱口竜介『偶然と想像』

現実の模倣をやめたフィクションだけが、私たちを真に勇気づけてくれる 何という素晴らしさ…一見すると非常に芝居がかった、わざとらしささえ感じる登場人物たちの言葉のひとつひとつが、胸に沁み通り、心に豊かな感情が満ち溢れていく。可笑しさや哀しさ、…

ラナ・ウォシャウスキー『マトリックス レザレクションズ』

虚構と現実が喰い合うウロボロス的世界は誰の為に作られたのか 私は『マトリックス』については1作目だけをレンタルビデオで観て「ふーん」と思って終わり、という感じだったので、このシリーズが映画史に与えたインパクトとその後の影響については認めると…

トッド・ヘインズ『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』

よりよい世界を目指して闘う男が、その世界から疎外されてしまう不条理さ 「ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)」及び「ペルフルオロオクタン酸(PFOA)」と呼ばれる有機フッ素化合物は、水や油をはじく、熱に強い、といった性質から、撥水剤や消火剤、…

エドガー・ライト『ラストナイト・イン・ソーホー』

二重写しで描かれる過去と現在で、変わったものと変わらないもの エドガー・ライトがつまらない映画を撮る訳がないのは誰でも知っている。あらゆる年代のジャンル映画に精通した映画オタクでありながら、その知識を詰め込んで終わり、ではなく、そこにフレッ…

クロエ・ジャオ『エターナルズ』

クロエ・ジャオは意外に職人監督的な資質を持っているのかもしれない 本作にマーベル作品としては初の同性愛者のヒーローが登場すると発表されて以降、公開前から投稿型レビューサイトでは低評価爆撃が繰り返されたらしい。こうした荒らし行為はMCU初の女性…

マッツ・ブリュガー『THE MOLE(ザ・モール)』

優れたスパイになるには、「何もない」という事が最も重要なのだ。 『ザ・レッド・チャペル』の公開以降、北朝鮮大使から「良心のない犬」と罵られ(まあ、それについては私も同意するが…)、北朝鮮への入国が難しくなっていたマッツ・ブリュガーの元に、あ…

マッツ・ブリュガー『ザ・レッド・チャペル』

嘘から始まった関係が、心と心の交流に繋がる事もある マッツ・ブリュガーは、ジャーナリストとして活動する傍ら過激な内容のドキュメンタリー映画を撮り続けている、デンマークのマイケル・ムーアとでも言うべき人物だ。その最新作である『THE MOLE(ザ・モ…

ジェームズ・ワン『マリグナント 凶暴な悪夢』

本作にオリジナリティなど一切ない。にもかかわらず、未知の体験を私たちに与えてくれる もちろん、これまでジェームズ・ワンの才能を疑った事は一度もないが、まさかここまでの高みに辿り着くとは…ホラー映画ファンのみならず、全ての映画ファンに観て頂き…

ケヴィン・マクドナルド『モーリタニアン 黒塗りの記録』

テロに恐怖する人々の暴走が、新たなテロリストを生んでいく キューバのグァンタナモ米軍基地内に設置されたグアンタナモ湾収容キャンプには、アメリカ軍によってテロへの関与を疑われ強制連行された人々が、未だに収容、監禁されている。この施設は2002年、…

アレクサンダー・ナナウ『コレクティブ 国家の嘘』

正しさだけでは勝つ事ができない。本作はその残酷な事実を教えてくれる 国家の不正を暴こうとする記者たちの姿を描いた映画、というのは『大統領の陰謀』とか昔から色々とあって、最近では『ペンタゴン・ペーパーズ』や『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』とい…