事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

マイケル・チャペス『死霊館 悪魔のせいなら、無罪』

ジェームズ・ワンのホラー映画が描いているのは視線に対する恐怖なのだ

現代ハリウッドホラーのキーパーソン、ジェームズ・ワンリー・ワネルは映画学校で出会い、2003年に1本の短編映画を作る。それが、世界中で大ヒットしたシチュエーション・スリラー『ソウ』の原型となったのは有名な話だ。その後も、彼らは『ソウ』シリーズを含めたホラー映画の分野では共作を続けているが、最近では『アクアマン』や『透明人間』など、単独の監督作品で非常に高い評価を得ている。
彼らの作るホラー映画―『ソウ』から始まり『インシディアス』、ソロ作の『死霊館』や『透明人間』も含めて―に必ず共有されているのが「自分が誰かに見られている」という強迫観念である。隠しカメラの向こうにいるサイコキラーも、家に取りついた悪霊もあるいは透明人間も、一方的に「見る」存在としての立場を利用して被害者たちを追い詰めていく。この「見る―見られる」という関係性と、そこから生じる抑圧や恐怖が相互監視社会となった私たちにリアリティをもって迫ってくる事は言うまでもない。そして、こうした視線の暴力性こそが、(カメラを通して被写体を一方的に見る事の出来る)映画の本質でもある。ジェームズ・ワンリー・ワネルのホラー映画に登場する悪霊や透明人間はだから、映画館でスクリーンを見つめる私たちの似姿でもあるのだ。
インシディアス』シリーズと並走するかたちで始まった『死霊館』シリーズは、実在の超常現象研究家ウォーレン夫妻が実際に遭遇した怪奇事件をモチーフにしつつ、次々と派生作品を生み出し「死霊館ユニバース」と呼ばれる作品群を形成するに至っている。シリーズはウォーレン夫妻を主人公とする本編と、呪いの人形アナベルものに代表される番外編のふたつに分けられるが、実はこれまで番外編が6作も作られているのに対し、本編はたったの2作しか存在しない。ずいぶんとバランスが悪い様に思うが、「死霊館ユニバース」は本編の監督をジェームズ・ワンが務め、番外編を若手の監督に任せる、という製作体制だった為、ジェームズ・ワンが『アクアマン』などのビッグ・バジェットに携わり時間が割けなくなった、という事情もあるのだろう。
ただ、「死霊館ユニバース」としてのお約束さえ抑えておけば後は自由に作れる番外編に比べると、本編は「幽霊屋敷もの」としてフォーマットが固まっているのでどうしてもマンネリに陥りやすい。ウォーレン夫妻の遭遇した事件を映画化したのはスチュアート・ローゼンバーグの『悪魔の棲む家』が最初だが、結局のところ『死霊館』はそのバリエーションに過ぎないのだ。そもそも『悪魔の棲む家』だってこれまで29作も続編やリメイクが作られており、『インシディアス』も同じ様な話だから、製作陣もさすがにやり尽くした感があったのかも知れない。
という訳で、本作は『死霊館 エンフィールド事件』以来、5年ぶりの本編新作という事になる。今回ジェームズ・ワンは製作に回り、『ラ・ヨローナ〜泣く女〜』のマイケル・チャベスがメガホンを取った。『ラ・ヨローナ〜泣く女〜』は南米に伝わる怪談に材を採ったシリーズ中の異色作で、『アナベル 死霊館の人形』に登場したペレス神父がチョイ役で登場するものの、それまでの作品とストーリー面での繋がりはない。もしかすると、マイケル・チャペスが新作を監督する事が既に決まっていたので、後付けで無理やり「死霊館ユニバース」に組み込んだのかもしれない。いずれにせよ、『ラ・ヨローナ〜泣く女〜』は特筆すべき点のない凡作としか思えなかったし、ジェームズ・ワンから監督をバトンタッチする、と聞いて正直あまり期待していなかったのだが…
あにはからんや、本作は「死霊館ユニバース」本編の新たな幕開けにふさわしい出来栄えだった。確かに、1作目や2作目の魅力だったあの息詰まる様な緊張感は薄らいだかもしれないが、あんな事を何回も繰り返しても仕方がない訳で、その意味で悪魔憑きホラーと法廷サスペンスを組み合わせるという本作の大胆なアイデアは、シリーズに新しい風を吹き込み「幽霊屋敷もの」の定型を打ち破る事に成功している。前作、前々作はJホラーを参照しつつ、古典的な恐怖映画のスタイルを現代的にアップデートしようとする試みだったが、本作はよりエンターテインメントに振り切った作りで、その意味ではホラー版『ナイトミュージアム』とも称された『アナベル 死霊博物館』からの流れを引き継いでいると言えるだろう。殺人事件の犯人として逮捕された青年が犯行当時、悪魔に取り憑かれていた事を証明すべくウォーレン夫妻が調査に乗り出す、というのが大体の筋書きだが、心霊ミステリーとでも言うべき展開の末、最終的に夫妻は邪悪な悪魔崇拝者と対峙する事になる。映画終盤の息詰まる戦いは何となくアメコミヒーロー映画を想起させ、もしかすると今後「死霊館ユニバース」はMCUの如く、神対悪魔の全面戦争が繰り広げられていくのかもしれない、と思った。

 

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死霊館(字幕版)

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シェアード・ユニバース化している本シリーズだが、とりあえず本編2作を観てから最新作に臨んだ方がより楽しめるだろう。ジェームズ・ワンの緊張感溢れる演出も見応えがある。