事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

石川慶『ある男』

ご都合主義的なプロットに難はあるが確かな演出力を感じさせる堅実な一作 石川慶の前作『Arc アーク』が海外SFが原作という事もあって、かなり奇を衒った作りだったのに対し、本作は長編デビュー作『愚行録』にテイストの近い、ウェルメイドなサスペンスであ…

今泉力哉『窓辺にて』

過去と未来のあいだから、一歩だけ足を踏み出す事 ここ最近の今泉作品というとやはり『街の上で』が白眉だと思うのだが、若手俳優を揃えどちらかというとインディーズ映画的な佇まいだった同作に比べると、最新作『窓辺にて』は稲垣吾郎や玉城ティナといった…

イ・サンヨン『犯罪都市 THE ROUNDUP』

何といっても、マ・ドンソクは人から怒られている姿がサマになるのだ 『新感染 ファイナル・エクスプレス』と共に俳優マ・ドンソクのイメージを決定づけ、一躍スターダムに押し上げた『犯罪都市』、待望の続編である。監督はカン・ユンソンから前作で助監督…

コゴナダ『アフター・ヤン』

記憶は引き継がれ、残された者の想いは募る 私は映画を観た後にメモを取ったりしないので、鑑賞後すぐならまだしも、時間が経ってから映画の感想を書こうとすると内容を全く思い出せず難儀する事が多い。この『アフター・ヤン』が公開されたのは2022年10月21…

S・S・ラージャマウリ『RRR』

とてつもないスケールと熱量で語られるインド独立をめぐる神話 この記事の草案を練っているタイミングで、『RRR』劇中歌の「Naatu Naatu」がゴールデン・グローブ賞で歌曲賞に輝いた、とのニュースが飛び込んできた。『バーフバリ』二部作の圧倒的な完成度で…

原田眞人『ヘルドッグス』

岡田准一の存在感が映画に暴力の予感を呼び込む 2023年の1月を既に迎えたが、2022年に観た映画の感想が全然書き終わっていない。とりあえず、それらを全て書き終えてから年間ベスト10について考える事にする。 私は原作小説を読んでいないが、あらすじを見て…

セリーヌ・シアマ『秘密の森の、その向こう』

「わたしとあなた」のままで「母と娘」である事 これは大傑作!決して長くない上映時間の中に、映画の素晴らしさが全て詰まっている!全人類が観るべき永遠のマスターピース!私もぜひ、もう1度観返したい…というのも、昼飯にラーメンを腹いっぱい食べたのが…

バルディミール・ヨハンソン『LAMB/ラム』

信じがたいほどの怪異は、北欧映画「らしさ」の中に取り込まれていく 本作が監督デビュー作となるヴァルディミール・ヨハンソンは、これまで「ゲーム・オブ・スローンズ」や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』などで特殊効果を担当していたらし…

ブレント・ウィルソン『ブライアン・ウィルソン 約束の旅路』

地上に遣わされた天使についてのドキュメンタリー ブライアン・ウィルソン/約束の旅路 [Blu-ray] ブライアン・ウィルソン Amazon 私もポップス/ロックファンのはしくれとして、ザ・ビーチ・ボーイズ の『ペット・サウンズ』と、ブライアン・ウィルソンのソロ…

ギヨーム・ブラック『みんなのヴァカンス』

思い出す事も取り戻す事も不可能な体験について いやあ、素晴らしいね!ギヨーム・ブラックというと、『女っ気なし』がDVD化されたきりで、ソフト化も進まないし、サブスクで配信される事もないし、なかなか観る機会に恵まれなかったが、それが惜しまれるぐ…

深田晃司『LOVE LIFE』

増し増しのストーリーとミニマルな演出の齟齬 とにかく色んな事が起こる映画だな、という印象である。もちろん、エンタメ系ではそんな作品はたくさんあるだろうが、いかにもミニシアター映画然としたミニマルな演出が徹底されているのに、次々とドラマチック…

デビッド・リーチ『ブレット・トレイン』

過激なアクションの裏に隠された作り手たちの照れ 『デッド・プール2』『アトミック・ブロンド』のデビッド・リーチ監督作、もちろん製作にはアクションスタジオ87elevenが加わっているという事で、またもやエクストリームなアクション映画になる事が期待さ…

高橋ヨシキ『激怒』

製作者の怒りは伝わるが、それを作品化する為の手段が安易に過ぎる うーん…私はデザイナー、映画評論家としての高橋ヨシキ氏の事は信頼しているし、共同脚本を務めた『冷たい熱帯魚』も非常に良い作品だと思っているが、これはいくら何でもチープ過ぎやしな…

ジョーダン・ピール『NOPE/ノープ』

映画史から抹殺された者たちによる西部劇奪還の試み ジョーダン・ピールの仕事は映画、ドラマ共に大部分をフォローしているつもりだけど、この『NOPE/ノープ』に至ってはうーむ、端倪すべからざる人になっちゃったなあ、という印象。本作のテーマは序盤から…

バンジョン・ピサンタナクーン『女神の継承』

疑似ドキュメンタリーの手法を最大限に活かしたエクソシズム・ホラー いやあ、これは凄いね。原案と製作がナ・ホンジンという事もあって、エクストリームな仕上がりを予想していたものの、ここまでとは思わなかった。期待をはるかに超え、『哭声/コクソン』…

タイ・ウエスト『X エックス』

『悪魔のいけにえ』+『ドントブリーズ』+『ブギーナイツ』=X 相変わらず絶好調が続くA24の新作は、タイ・ウエスト監督による回春ホラー(そんなジャンルあるのか?)。当初から三部作になる事が発表されており、公開当初は二作目の予告編がエンド・クレジッ…

ヨアキム・トリアー『私は最悪。』

何度も選び間違いを繰り返して、私はいまここに立っている 会社の同僚が適応障害により休職する事となった。私の仕事そのものには何も影響はないのだが、本来自分こそ休職すべき人間ではないのか、という気がして仕方がない。とにかく、毎日何をするのも嫌で…

ジョー・カーナハン『炎のデス・ポリス』

70年代アクション映画へのオマージュに満ちた快作 主人公の女警官ヴァレリーが手にする44マグナム。劇中で挿入される『ダーティ・ハリー』のテーマ曲。深夜の警察署を舞台に繰り広げらる警官と殺し屋たちの攻防はジョン・カーペンター初期の傑作『要塞警察』…

ポール・トーマス・アンダーソン『リコリス・ピザ』

対称的な2つのカーアクションはハリウッド映画の時代的変質を象徴する 珍しくイギリスを舞台とした『ファントム・スレッド』を挟んで9作目となる本作で、ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)は久しぶりにカリフォルニア州サンフェルナンドバレーに帰…

バズ・ラーマン『エルヴィス』

パーカーとエルヴィス、2人の視線の盲点に隠されていたもの とにかく、問答無用にサントラが良い。単にエルヴィス・プレスリーの名曲を並べただけではなく、ドージャ・キャットやジャック・ホワイト、テーム・インバラといった現代のミュージシャンによるカ…

スコット・デリクソン『ブラック・フォン』

悪意や暴力に満ちた世界をサバイブしていく子供たちの物語 ブラック・フォン(字幕版) イーサン・ホーク Amazon MCU作品『ドクター・ストレンジ』の監督を務めたスコット・デリクソンは続編製作の依頼を断り、『フッテージ』で起用したイーサン・ホークと再び…

是枝裕和『ベイビー・ブローカー』

本作のあからさまな豪華さに、我が国の文化的貧困を思い知らされる カトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ビノシュを招いて作られた『真実』に続き、是枝裕和の新作『ベイビー・ブローカー』は海外資本で製作された。しかも『真実』の様な合作ではなく韓国の…

ミシェル・フランコ『ニューオーダー』

暴力はやがて、見慣れた秩序へ変わっていく 昨今、某宗教団体と政権与党の癒着が明るみに出てメディアでは連日大騒ぎの様である。そのきっかけは私の住む奈良県で起きた元首相暗殺事件だった訳だが、現在容疑者とされている男は旅客機をハイジャックしたり、…

ホン・サンス『あなたの顔の前に』

過去にも未来にも繋がらない、今この瞬間を生きる ホン・サンスの映画には脚本が無いと聞く。俳優たちには撮影日の朝に台本が渡され、一日の撮影が終わるとその台本は回収される。例えば、予め撮りたい映像や物語が確固としてあり、俳優の演技や撮影場所とい…

ホン・サンス『イントロダクション』

何者にもなれない自分、何ももたらさなかった時間 ホン・サンスの監督第25作『イントロダクション』と第26作『あなたの顔の前に』が日本で同時公開された。『イントロダクション』は上映時間66分と短い作品だが、美しいモノクロームの映像で撮られた青年ヨン…

ジャック・オーディアール『パリ13区』

性愛を信じる事のできない私たちに必要なもの ブログの更新をサボっている内に、観た映画の内容をどんどん忘れてしまう。そもそも、このブログは映画の感想を備忘録的に記述しておこうと始めたものなのに、これでは本末転倒である。本作の内容もほとんど覚え…

ジョセフ・コシンスキー『トップガン マーヴェリック』

トム・クルーズの顔にはアメリカ映画の歴史が皺として刻み込まれている 今は亡きトニー・スコットの出世作『トップガン』が公開されたのが1986年、何と36年ぶりの続編である。私でなくとも今さらそんなもん作ってどうするんだ?と思った方は多いだろう。前作…

樋口真嗣『シン・ウルトラマン』

全てが引用と模倣で組み立てられた批評無用の異様なリメイク この作品、企画と脚本を務めた庵野秀明の名前ばかりが喧伝されているが、あくまで監督としてクレジットされているのは樋口真嗣である。『シン・ゴジラ』では庵野秀明が総監督と脚本を、樋口真嗣が…

李相日『流浪の月』

社会的マイノリティに対するあまりにも鈍感な感傷の垂れ流し 2020年本屋大賞を受賞した凪良ゆうの小説を原作にした李相日の新作は、ある幼児誘拐監禁事件の犯人と被害者の少女が心を通わせていく様を描いた問題作である。例えば、スタンリー・キューブリック…

エドガー・ライト『スパークス・ブラザーズ』

メイル兄弟が抱く映画への見果てぬ夢 この映画を観るまで私はスパークスについてほとんど何も知らなかった。予習がてら、これまでのアルバムを片っ端から聴いていったのだが、彼らがアメリカ出身のバンドというのは少し意外に感じた。そのひねくれたメロディ…