事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

2021-01-01から1年間の記事一覧

ロバート・エガース『ライトハウス』

半人半漁の怪物も邪悪な海神も、暗く深い虚無の渦へと飲み込まれていく 17世紀のセイラム魔女裁判をモチーフにした『ウィッチ』で高い評価を得たロバート・エガース監督の2019年の作品『ライトハウス』が、ようやく我が国でも公開された。日本でも信用できる…

ジョン・クラシンスキー『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』

前作の世界観が大きく拡張され、ポストアポカリプスものとしての性格が強まった第2作 私は前作について「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の「サイレント図書館」とやっている事は同じ、と書いた。眼が見えない代わりに聴覚が異常発達したエイリア…

クレイグ・ガレスピー『クルエラ』

髪の毛を黒と白に染め分けたクルエラはモードの破壊者なのか 『ヴェノム』やら『スーサイド・スクワッド』やら、巷ではアメコミ原作のヴィラン映画が大流行だが、ディズニー・ピクチャーズもこの手のヴィランものには乗り気の様である。ここ最近のディズニー…

吉田大八『騙し絵の牙』

原作のエモーショナルなドラマ性は後退し、コン・ゲームとしての面白さが際立っている 大泉洋の顔が大写しになったこの映画のポスターは、そのまま特殊詐欺被害防止啓発ポスターにも採用されている。確か『紙の月』も詐欺・横領抑止キャンペーンのポスターに…

フロリアン・ゼレール『ファーザー』

錯綜し破綻したヒッチコック的語り口が垣間見せる、認知症患者の見る世界 私の母は、死の数か月前から認知症の兆候があらわれ始めていた。既に他界した筈の父が家にやってくる、と私に電話を掛けてくる様になったのはいつ頃からだろうか。当初は、父が既に死…

ジェリー・ロスウェル『僕が跳びはねる理由』

世界の複雑さを複雑さとして受け止める事―自閉症スペクトラムが気づかせてくれる美しさ 例えば「自閉症的」といった言葉がからも分かるとおり、自閉症スペクトラムとその患者については他者とのコミュニケーションを拒否し、孤独を好む社会不適応者というイ…

西川美和『すばらしき世界』

自分の正しさを貫く事で社会から排斥されてしまう三上の姿は、私たちの社会が抱える矛盾そのものだ 西川美和監督作品の魅力ってどこにあるのだろうか。私の場合、やはりお話としての面白さが先に立つと思う。知らない間に父親が莫大な借金をこさえていたり、…

マイルズ・ジョリス=ペイラフィット『ドリームランド』

試練を耐え忍ぶか、自らの運命を切り開くか―砂嵐の中の苦悩 『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』以降のマーゴット・ロビーの活躍は目を見張るものがある。最近では『スーサイド・スクワッド』『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』でのハ…

マックス・バーバコウ『パーム・スプリングス』

繰り返す「今日」と目指すべき「明日」、そして忘れられた「昨日」について またこのパターンですか…最近、タイムループの要素を取り入れた作品がやたらと目に付く様になった。『ハッピー・デス・デイ』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』、『アバウト…

今泉力哉『街の上で』

『街の上で』は何も始まらない時間だけが持つ豊かさを私たちに教えてくれる 新型コロナウイルスの影響により延期となっていた今泉力哉の新作『街の上で』がようやく公開された。本来なら、2020年5月に予定されていた訳だから、およそ1年も遅れた事になる。そ…

クリストファー・ランドン『ザ・スイッチ』

欲望の思うままに人を殺める殺人鬼は、内気な女子高生の理想化された鏡像でもある クリストファー・ランドンの前作『ハッピー・デス・デイ』の感想で、私は日本のミステリー小説『七回死んだ男』とのプロット上の類似について述べた。本作『ザ・スイッチ』は…

クロエ・ジャオ『ノマドランド』

本作の映像美は、ノマド・ワーカーたちが湛える美しさへの率直な驚きから導き出されている 2008年のリーマン・ショック以降、家も定職も失いキャンピングカーに寝泊まりしながら、その場限りの仕事を求めて各地を渡り歩く高齢者が増大する。彼らの中には有名…

リー・アイザック・チョン『ミナリ』

私たちは所有の概念からいかに逃れるべきか―旧約聖書になぞらえて語られる移民たちのドラマ アジア系移民を狙ったヘイトクライムがアメリカで多発している事は、日本のニュースでも取り上げられているからご存じの方も多いだろう。トランプ前大統領が新型コ…

庵野秀明『シン・エヴァンゲリオン劇場版』

ひたすら増殖し続けてきた「エヴァンゲリオン」の物語を終わらせようとする、並々ならぬ強い意志 言わずもがなの話だが、1995年10月に放映がスタートしたTVアニメシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』は『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』と並び、日本の…

ジョン・コニー『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』

Sun Raは自分の思想が普遍性を獲得できない事を自覚していたのではないか Sun Raの『Space Is The Place』は大好きなアルバムで普段からよく聴いているのだが、ジャズの熱心なファンでもない私には、Sun Raの膨大な音源を全てフォローできるはずもなく(最近…

岨手由貴子『あのこは貴族』

階級がもたらす断絶を軽やかに超えて繋がっていく女たち 山内マリコの小説はこれまで『ここは退屈迎えに来て』と『アズミ・ハルコは行方不明』の2作が映画化されているが、『グッド・ストライプス』の岨手由貴子が監督を務めた本作は、原作者がコメントを寄…

デヴィッド・クローネンバーグ『クラッシュ 4K無修正版』

バラードとクローネンバーグ、2人の異才の欲望が刻み付けられたスキャンダラスなポルノ 子供の頃にTVで放映された『ザ・フライ』が初めての出会いだったと思うが、その後もデヴィッド・クローネンバーグの作品は色々と観てきてはいる。かといって、それほど…

今泉力哉『あの頃。』

ただ消費するだけの存在として生き、そして死んでいく 私はこれまでアイドルにハマった、という経験が一度もない。そんな人間でも毎週欠かさず「ASAYAN」を見ていたぐらい、当時のモー娘。は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。つんくによるツボを押さえた楽曲もさる…

渡部亮平『哀愁しんでれら』

エクストリームな結末へと着地する「幸福」をテーマにした現代の童話 監督の渡部亮平はどちらかというと脚本畑の人で、これまで数多くのTVドラマや『3月のライオン』『ビブリア古書堂の事件手帖』といった劇場用映画の脚本を手掛けてきた。映画監督としては2…

カーロ・ミラベラ=デイヴィス『Swallow/スワロウ』

「家」に取り込まれ、やがて「異物」として排泄される「妻」の復讐劇 本作のモチーフとなっている異食症は、爪とか髪の毛とか石とか、とにかく栄養価の無いものを無性に食べたくなる症候で実際に存在するそうだ。そういえば私も一時、爪を噛む癖が治らなかっ…

ロバート・ハーモン『ヒッチャー ニューマスター版』

『ヒッチャー』は、狂った殺人鬼がもたらす理不尽な恐怖を描きながら、最終的には被害者=犯人という分裂的な地平へと辿り着く アメリカの映画だとヒッチハイクのシーンって結構あるじゃん?いつも思うんだけど、何で見知らぬ人間を平気で自分の車に乗せたり…

ジャガン・シャクティ『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』

宇宙開発事業を成功に導くのは、浮世離れした天才たちでも何でもなく、私たちと同じ様に日々の暮らしを営んでいる人々なのだ ついこのあいだ、日本の宇宙探査機「はやぶさ2」が小惑星の砂を回収し無事に地球へ戻ってきた。大変にめでたい事ではあるが、何せ…

ヨン・サンホ『新感染半島 ファイナル・ステージ』

荒廃したソウル市中で繰り広げられるカーチェイスを光と音、そしてゾンビたちが彩る 前作『新感染 ファイナル・エクスプレス』は疾走する高速鉄道という極めて映画的な舞台を組み込む事で手垢にまみれたジャンルでもあるゾンビ映画に新しい風を吹き込んだ快…

「映画秘宝」について―崩壊する目利きと好事家たちのコミュニティ

映画雑誌「映画秘宝」の編集長、岩田和明氏が「映画秘宝」に(正確には岩田編集長が出演したラジオ番組の内容に)批判的なツイートをした女性に対し、「死にたい」とか何とか、気色の悪いDMを送り付けた件で大きな問題になっている。 岩田氏の行った事は脅迫…

2020年公開映画ベスト10

1月も終わろうかというのに、今さら2020年のベスト10を発表するのも間の抜けた話だが、個人的な踏ん切りを付けるために書いておく。新型コロナウイルスの影響で新作映画の公開が延期され、また緊急事態宣言の発令によって映画館に行く機会が減った事もあり、…

セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』

監督と女優の、画家とモデルの、そして映画と私たちの、幾重にも折り重なる視線のドラマ セリーヌ・シアマ、というと27歳の時に撮ったデビュー作『水の中のつぼみ』が劇場公開されたものの、その後の監督作については日本ではなぜかソフト化もされていない。…

クレベール・メンドンサ・フィリオ、ジュリアノ・ドネルス『バクラウ 地図から消された村』

帝国植民地主義を吸血鬼に例えるなら、バクラウの住人はヴァンパイアハンターなのだ 私は、本作を何の予備知識も持たずに観たので、冒頭の宇宙空間を映したショットから、ブラジル産の侵略SFか何かなのかな、と予想したのだが、全然そんな映画ではなかった……

ナワポン・タムロンラタナリット『HAPPY OLD YEAR ハッピー・オールド・イヤー』

何かを捨て、忘れようとしても宙ぶらりんになった感情はいつまでも追いかけてくる 『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』は、カンニングという一風変わったテーマを扱ったなかなかの秀作で、タイ映画といえば猛烈な勢いで睡魔に襲われるという意味で評価す…

ディーン・パリソット『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』

あらゆる問題を主演2人の人柄の良さで解決していくSFコメディ あの『ビルとテッド』シリーズ、29年ぶりの新作がとうとう完成し、日本でも公開されたというのだから世の中何が起こるか分からないものだ。確かに、熱狂的なファンのいるカルト作であった事は確…

大九明子『私をくいとめて』

結局のところ私たちは、生身の他者をどうしても求めてしまう 私には親しい友人というのが一人もいない。一応、結婚して子供もいるのだが、家族以外の誰かと接する機会がほとんど無いので、休日も家でゲームをしたり本を読んだり、たまに出掛ける事があっても…