事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

マイルズ・ジョリス=ペイラフィット『ドリームランド』

試練を耐え忍ぶか、自らの運命を切り開くか―砂嵐の中の苦悩

『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』以降のマーゴット・ロビーの活躍は目を見張るものがある。最近では『スーサイド・スクワッド』『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』でのハーレイ・クイン役が評判となったが、その傍ら『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『スキャンダル』といった話題作に出演しつつ、『ピーターラビット』できっちりファミリー層にもアピールしているから抜け目がない。今後も、ジェームズ・ガンによる『The Suicide Squad』のリブート、グレタ・ガーウィグノア・バームバックがタッグを組むバービー人形の実写化作品『Barbie』など注目作への出演が続くが、ジャンルは多岐にわたれど計算高く出演作を選んでいる印象だ。
もうひとつ、注目すべきなのは彼女は女優としてだけではなく製作の方にも力を入れている事で、先ほど挙げた『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』や『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』などは製作も兼任していた。これまで製作した映画を見た限り、若手の映画監督をフックアップして新しい映画を作り、ついでに自らの役柄の幅も広げたい、という意向がある様だ。この辺りにも非常にクレバーな戦略が窺えるが、その意気込みが空回りしたのか、中には『アニー・イン・ザ・ターミナル』の様な「何でこんな映画を作ろうと思ったんだ?」と疑問に思わざるを得ない珍作もあったりする。まあいずれにせよ、これからも注目すべき女優である事は間違いない。
本作はブラック・リスト入りしていた脚本にマーゴットが惚れ込み、自ら映画化に奔走したという触れ込みの作品である。監督はこれが長編2作目という新鋭、マイルズ・ジョリス=ペイラフィット。本作を観る限り、映画史に対する知識も豊富で計算され尽くした構図を駆使する才人である。この2人は次の作品でもタッグを組み、『タンクガール』のリメイクに取り組むという。
1930年代を舞台とした本作には、2つの先行作の影響が見て取れる。砂嵐と干ばつによって困窮する農民たちの姿は、ジョン・スタインベックの原作をジョン・フォードが映画化した『怒りの葡萄』を思わせるし、マーゴット・ロビー演じる銀行強盗は明らかに『俺たちに明日はない』へのオマージュである(監督自身は『俺たちに明日はない』は意識的に観なかったそうだが)。
要するに、世界大恐慌によって資本主義システムに綻びが見え始めた時代を背景に、一方に大規模資本主義農業の影響で苦境にあえぐ貧困農民を置き、もう一方に暴力によって資本主義の象徴たる銀行から富を奪い返そうとするボニー&クライドのごとき銀行強盗を置く。その対照的な2つの価値観を象徴するのが主人公ユージンの父ジョージと逃亡中の銀行強盗犯アリソンであるのは間違いない。その間に挟まれたユージンは身を引き裂かれる様に苦悩し続ける。神から与えられた試練を耐え忍ぶか、それとも神に反旗を翻し自らの運命を切り開くか。その苦悩に、テキサスの荒野に吹き荒れる砂嵐の迫力ある映像が重なっていく。1930年代にはこの様なダストボウルと呼ばれる巨大な砂嵐が断続的に発生し、農地の表土を引きはがし甚大な被害をもたらした。そもそもは大草原であった土地を入植した白人たちが無計画に耕地化し地表を露出した事が原因だという。人と作物を蹂躙するこの砂嵐こそ、肥大化する資本主義が産み落とした矛盾そのものなのである
映画は、忍耐と反逆という相反する2つの価値観、父と子という2つの世代の対立をサスペンスフルな逃走劇として描いていく。その顛末を俯瞰する視点としてユージンの妹フィービーという語り手が用意され、一編を寓話の様な雰囲気に落とし込んでいる。もう少し、端役の描き込みがされていれば重厚さも増したと思うが、製作陣にはその様な意図はなく、政治的社会的なメッセージは控えめに、主人公たちの関係性の変化にスポットを当てたかったのだろう。その期待に沿うかの様に、未だ見ぬ世界への尽きぬ憧れと二度とは戻らないイノセンスへの喪失感を、主演のフィン・コールとマーゴット・ロビーは瑞々しく体現している。

 

あわせて観るならこの作品

 

1930年代に強盗や殺人を繰り返した実在の犯罪者カップル、ボニーとクライドを題材に、当時の社会通念や道徳観に風穴を空けようと試みたこの作品は、アメリカン・ニューシネマを象徴する一作となった。スローモーションで映し出されるラストの銃殺シーンが衝撃的。

 

マーゴット・ロビーが製作に参加したSFクライム・ストーリー。悪い意味でイギリスらしい、小手先でこねくり回した様なストーリーと『未来世紀ブラジル』から一歩も進んでいないビジュアルが観ていて痛々しい。まあ、男どもに復讐する謎の女、という役柄に惹かれたのかな、とは想像するが…