事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ジョン・コニー『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』

Sun Raは自分の思想が普遍性を獲得できない事を自覚していたのではないか

Sun Raの『Space Is The Place』は大好きなアルバムで普段からよく聴いているのだが、ジャズの熱心なファンでもない私には、Sun Raの膨大な音源を全てフォローできるはずもなく(最近はサブスクでほとんど聴ける様になったが)、彼の音楽の核となっている思想についてもほとんど何も知らない。そんな訳で、Sun Raが主演、脚本、音楽を務めた本作が日本で初めて劇場公開されると知り、楽しみにしていた。この映画はあくまでSF娯楽映画という体裁をとっているので、まずはあらすじを簡単に紹介しておこう。
1969年頃に地球から姿を消していた大宇宙議会・銀河間領域の大使Sun Raは大宇宙を航行した果てに、遂に地球と異なる理想の惑星を発見した。音楽を燃料とする同位体瞬間移動によって米国にいる黒人たちを移送しようと考えたSun Raはさっそく地球に戻るが、やがて彼の技術を盗もうとするアメリカ航空宇宙局NASA)の魔の手が迫るのだった…
と、分かった様な分からない様な話だが、この現実離れした設定は、Sun Ra独自の宇宙哲学に根差したものである。彼の思想及びその芸術活動はアフロフューチャリズムの先駆とも言われているが、何じゃそら、という人に簡単に解説しておけば、そもそも、アメリカの黒人たちはアフリカ大陸やカリブ諸島から拉致されてきた奴隷を祖先とする。従って、彼らは生まれながら故郷を奪われた存在としての運命を享受せねばならない。アフロフューチャリズムは、黒人たちの郷愁の対象を宇宙に求めようとする思想である。自分たちは宇宙から地球へ連れ去られてきたのであり、真の故郷は宇宙にあると考え、そこに人種差別など存在しないユートピアを見出す。また、黒人の白人社会への同化による差別解消を潔しとせず、黒人が権力を握っていた古代エジプトに対してシンパシーを抱いて、結果的に「ブラック・ナショナリズム」と深く結びついていく。こうして、アフリカと古代エジプト、科学技術とニューエイジ思想がごた混ぜになった、唯一無二の世界観が形成されていくのである。誤解の無い様に言っておくが、別にSun Raがアフロフューチャリズム、という概念を提唱した訳ではない。Sun Raに影響を受けた後続の黒人音楽家たち―Earth,Wind & FireやP-FunkAfrika BambaataaJeff Millsなど、ソウル/ファンクからデトロイトテクノに至るブラックミュージックの系譜―に垣間見られる宇宙志向がやがて注目され、文学や映画でも引用されるようになり、その創始者としてSun Raが再発見された、という事なのである。
そんな訳で、本作をアフロフューチャリズム、更にはブラックスプロイテーション映画の始祖として捉えるなら、その子孫として『ブラックパンサー』といった作品を置いてみる事も可能だろう。もちろん、映画については素人のSun Raが主演と脚本を務めている本作は、娯楽映画としての完成度という意味では『ブラックパンサー』とは比べものにならないぐらいにユルユルである(そのキッチュなアートデザインは『バーバレラ』みたいなレトロフューチャーSFが好きな人なら気に入るかもしれない。お色気要素もほんの少しあるし)。
ただ、Sun Raの脚本にはなかなか面白いところがあって、自らの思想を世間に広く伝える為に娯楽映画のフォーマットを利用する、というのは、例えば宗教団体の作った映画なんかでも常々やっている事だが、その手の映画では核となる思想や教義は絶対的に正しい真理として描かれ、劇中で疑念を持たれる事はないのが常である。何しろ、むこうは無知な大衆を啓蒙する目的で映画を作っているので自分が正しい、という姿勢は絶対に崩さない。しかし、そもそもその思想やら教義に普遍性が欠けているからこそ、映画まで作って広めようとしていた訳で、その結果、一般の観客からすればチンプンカンプンの理屈が何の疑問もなく全肯定される、よくわからない映画ができあがるのだ。この手の映画が結局は信者に向けたノベルティの域を出ないのもその為である。
しかし、Sun Raは自分の思想がその様な普遍性を獲得できない事を自覚していたのではないかと思う。映画の中盤、黒人たちを音楽によって宇宙へ送り届ける為にオーケストラのメンバーを集める必要に駆られたSun Raが、オーディションを行う場面がある。そこで彼は失職したばかりで生活に困っている応募者から報酬について問われるのだが、「宇宙には報酬という概念が無いのでノーギャラだ」と答えた瞬間、「あ、すいません。次の予定があるもんで失礼します」と逃げられてしまう。もちろん、この場面には資本主義に頭からどっぷり浸かっているアメリカ白人を揶揄する意味合いもあるのだろう。しかし、観客からすればどう考えてもSun Raの方が頭がおかしいのである。
おそらく、Sun Raはその事を十分に意識し、彼の思想を理解できない観客にも笑って楽しんでもらえる様に本作の脚本を書いている。この客観性こそ、Sun Raのアバンギャルドな音楽が多くのファンを獲得した原因だったのではないか、と思う。

 

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こちらはSun Raのインタビューとライブ映像が収められたドキュメンタリー作品…なのだが、なぜか劇映画に見えてしまうのがSun Ra先生の徳の致すところ。ライブシーンでのSun Raのキーボード演奏はとにかく凄まじいの一言。