事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

マックス・バーバコウ『パーム・スプリングス』

繰り返す「今日」と目指すべき「明日」、そして忘れられた「昨日」について

またこのパターンですか…最近、タイムループの要素を取り入れた作品がやたらと目に付く様になった。『ハッピー・デス・デイ』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』、『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』等々、ホラー、SF、恋愛映画とジャンルは異なれど、基本的な構造は同じである。まず、主人公がタイムループに巻き込まれ、今日という日を無限に反復する事になってしまう。当然、主人公はこの反復世界から抜け出そうと(あるいは、タイムループを利用して自身の目的を達成しようと)試みるがその度に失敗する。主人公の死や睡眠によって時間は巻き戻されまた同じ日が始まるのだがこの際、主人公が反復によって得た知識や経験だけは蓄積されていく、というところがミソだ。繰り返しの体験が徐々に主人公を成長させていく。殺人鬼やエイリアンの打倒であったり恋愛の成就だったり、ジャンルによって目的は様々だが、この「反復がもたらす成長」が映画の主題となっている点は同じである。この構造は1993年の『恋はデジャ・ブ』あたりから、それこそ何度も繰り返されている。近年はこうしたタイムループ現象を量子力学多世界解釈によって説明した作品が多いが、それはホラ話をもっともらしく見せる為のディテールに過ぎないだろう。そもそも、失敗の繰り返しが私たちを成功へ導く、というのは親や教師から何度も聞かされた人生訓に過ぎず、そう考えるとこの手のタイムループ映画は突飛な設定を導入しながら、ものすごく穏当な結末に落着している訳だ。もちろん、それが悪いとは言わないがこう何作も立て続けに観せられるとさすがにつまらないお説教を聞かされている気になってくる。
各国の映画祭で評判を呼び、予想外の大ヒットとなった『パーム・スプリングス』が、こうした先行作に比べて特別に優れているとは私は思えなかった。ポップな映像は確かに眼を惹くが、プロットそのものは手垢にまみれたモチーフを組み合わせているに過ぎない。これまで何千回もタイムループしてきた男と初めてタイムループした女のラブストーリーという点が本作の特色だが、それがプロットにフレッシュさを与えているとはとても言えず、結局はよくある恋愛映画―それもタイムループという設定のおかげで物語の起伏に乏しいという欠点を抱えた―の枠内に収まってしまう。それと、主人公のナイルズの振る舞いにどうも好感が持てないのも欠点である。時間が巻き戻されるから何をやってもいい、という訳じゃないだろう。特にロイというオッサンにした事は人道的に許されるものではない。ネタばれになるので詳しくは言えないが、何となく『パッセンジャー』に似た気持ち悪さを感じた。
ただ、本作の主人公サラが抱えたある秘密が映画の中盤に明かされるくだりは、これまでに無いパターンだと思う。秘密そのものは大した話ではないが(これも数多ある恋愛映画にいくらでも前例があるだろう)、その隠し方が上手い。本作では、主人公たちが無限に繰り返される11月9日から脱け出し、11月10日に辿り着こうと奮闘する様を描いている。しかし、前述したサラの秘密にかかわる出来事が起きたのは11月8日なのだ。タイムループを扱った本作において、観客が注目するのは繰り返される「今日」と主人公たちの目指す「明日」であって、タイムループが起きる前日、つまり「昨日」の事など誰も気にしていない。本作は、その観客心理を巧みにミスディレクションとして利用している。

 

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アバウト・タイム ~愛おしい時間について~ (字幕版)

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  • 発売日: 2015/04/10
  • メディア: Prime Video
 

『恋はデ・ジャブ』は以前にも紹介したのでこちらを挙げておく。『ラブ・アクチュアリー』のリチャード・カーティスらしい、ハートウォーミングなロマンティック・コメディだが、主人公は自分の好きなタイミングで好きな過去に戻れる能力を持っており、その意味ではタイムループというよりタイムトラベルものと言う方が正しい。