事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

クリストファー・ランドン『ザ・スイッチ』

欲望の思うままに人を殺める殺人鬼は、内気な女子高生の理想化された鏡像でもある

クリストファー・ランドンの前作『ハッピー・デス・デイ』の感想で、私は日本のミステリー小説『七回死んだ男』とのプロット上の類似について述べた。本作『ザ・スイッチ』は、内気で地味な女子高生と狂った殺人鬼の人格が入れ替わってしまう、という突飛な設定のホラー・コメディだが、そこで思い出すのが『七回死んだ男』の作者、西澤保彦の初期代表作『人格転移の殺人』である。これは、地下に隠された謎の装置の影響で男女6人の人格が入れ替わってしまった後に殺人事件が発生するというSFミステリーで、人格が入れ替わった為に誰が加害者で誰が被害者なのかも分からない状況の中、ロジカルな推理だけで犯人を指摘する、という趣向がなかなか面白かった。とはいえ、『スクリーム』ばりのフーダニット(犯人当て)要素が盛り込まれていた『ハッピー・デス・デイ』と異なり、『ザ・スイッチ』はスラップスティック・コメディに完全に振り切っていてミステリー的な興味は薄い。ただ、本格ミステリーやスラッシャー・ホラーという古典的なジャンルにSF的な要素を導入する事で再活性化する、という目的意識は共通している様に思う。いくら突飛な設定を導入しようとも、『人格転移の殺人』があくまで本格ミステリーとして成立していたのと同じく、『ザ・スイッチ』もホラー映画としてのアイデンティティは忘れていない。という訳で、本作はコメディタッチで進んではいくものの、要所ではキツめのゴアシーンが盛り沢山なので、その手の描写が苦手な人はご注意頂きたい。
さて、『ハッピー・デス・デイ』がホラー映画でありながら、主人公ツリーの成長物語であった様に、『ザ・スイッチ』もまた主人公ミリーが殺人鬼との人格転移、という最大級の災難を通じて成長していく姿を描いている。ミリーは数年前に夫を亡くし酒びたりの生活を送る母を慮るあまり、自分の意思を押し殺す様になっていた。初恋の人に告白もできず、学友たちからは馬鹿にされる日々を耐え忍ぶミリーにとって、欲望の思うがままに人を殺めていくブッチャーは、ある意味で理想化された自分の姿でもある。『ハッピー・デス・デイ』の主人公がタイム・ループを経験する事で、決して後戻りする事のできない時間の大切さを逆説的に知っていく様に、ミリーは人格転移によって決して他人には譲る事のできない、本当の自分の姿というものを再認識し自己肯定へと至る訳だ。このウェルメイドな青春映画としての演出のスマートさは、『ハッピー・デス・デイ』で既に実証済みであり、職人監督としてのクリストファー・ランドンの手腕は今回も冴え渡っている。
ところで、この様な人格転移ものの場合、自分と入れ替わった当の相手も同じバランスで描かなければならない。殺人鬼ブッチャーは完全に内面を欠いた存在なので、人格転移に対する葛藤とは無縁だ。従って、彼(というか、彼が乗り移ったミリー)の登場するシーンは、完全に女殺人鬼が暴れ回るホラー映画のそれである。赤いレザー・ジャケットに身を包んだミリーは、完全に『ターミネーター3』のT-Xで笑わせてくれるが、ブッチャーの内面が全く描かれないので人格転移ものとしては少々深みに欠けるのは否めない。『転校生』の様に人格を交換する事で人と人が深く分かり合う、というプロセスが描かれないからだ。もちろん、そんな展開になっていたら本作のプロットは完全に破綻していただろうが…クリストファー・ランドンは2009年に公開された『ジェニファーズ・ボディ』にインスパイアされたという事だから、本作は人格転移ものというより『エクソシスト』の様な悪魔憑きものとして観た方が良いのかもしれない。いずれにせよ、馬鹿々々しい設定にもかかわらず、作り手の映画に対する知識や巧みな構成力が存分に発揮された、クレバーな映画である事は間違いない。主演を務めたキャスリン・ニュートンヴィンス・ヴォーンのツボを押さえた演技も好感が持てる。

 

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