事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

渡部亮平『哀愁しんでれら』

エクストリームな結末へと着地する「幸福」をテーマにした現代の童話

監督の渡部亮平はどちらかというと脚本畑の人で、これまで数多くのTVドラマや『3月のライオン』『ビブリア古書堂の事件手帖』といった劇場用映画の脚本を手掛けてきた。映画監督としては2作目となる本作は、TSUTAYAが主催する映像クリエイターと作品企画の発掘プログラム「TSUTAYA CREATORS’PROGRAM FILMS」でグランプリに選ばれた企画が基になっている。とかく原作ものの多い日本の映画界でオリジナル企画の映画を作ろうというこの試みは非常に頼もしい。渡部監督の本作に掛ける熱意も並々ならぬもので、出演を三度も断った土屋太鳳を口説き落として主演に迎えたそうだ。モンスターペアレンツという一風変わったテーマから、監督の敬愛するポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』の様な、社会性とエンターテイメント性を併せ持った映画を作りたい、という想いがひしひしと伝わってくる。実際、本作は邦画によく見られる様なビジュアル的な安っぽさや貧乏くささとは無縁だ。物語の主要な舞台となる豪邸のルックなど、『パラサイト 半地下の家族』にヒケを取らないゴージャスさである。印象的なオープニングから分かるとおり、構図にも1ショット1ショット毎に工夫を凝らしているのが分かるし、ビジュアルは十分に合格点である。それでは、肝心の内容はどうだろうか。
タイトルの通り、本作は全編を『シンデレラ』になぞらえている。開始早々、信じられないほどの災難に次々と見舞われ全てを失った福浦小春(土屋太鳳)。しかし、踏切内で酔いつぶれていた開業医の泉澤大悟(田中圭)をたまたま助けた事から彼女の人生は一変する。大悟は妻に先立たれ、ひとり娘のヒカリを男手ひとつで育ててきた。ヒカリが小春に懐くのを見た大悟は、彼女に理想の母親を見出しプロポーズする。不幸のどん底から一転、小春は玉の輿となり豪壮な大悟の邸宅で幸せな家庭を築いていく筈だったのだが…
と、ここまでが前半。後半からこの絵に描いた様なシンデレラストーリーに不気味な影が差し込み始める。何ひとつ不自由のない暮らしに思えた泉澤家での生活に、しかし小春は不審を感じる様になっていく。大悟の娘に対する執着、ヒカリの度重なる不可解な行動が、彼女の精神を徐々に蝕んでいく。要するに、後妻として嫁いだ先がとんでもない家だった、というペローの『青髭』みたいな展開が待っている訳だが、この手の映画は昔からたくさんあって、例えば本作があからさまに意識しているのはヒッチコックの『レベッカ』だろう。海沿いに建つ家、不気味に漂う先妻の影、閉ざされた秘密の部屋など、『レベッカ』を彩ったゴシックな道具立ては本作でも用意されている。こうした物語は、終盤に隠されていた秘密が明らかになると同時に、それを待ち受けていたかのように惨劇が起き、ヒロインが命からがら逃げだして大団円、というのがお決まりのパターンだ。本作がそこで終わっていれば『シンデレラ』のモチーフも活きてくる。ガラスの靴を拾ってくれた王子様は青髭だった、という訳である。しかし、渡部亮平は物語に更なるツイストを加え誰もが予想しなかったラストへと漂着させていく。そこから『青髭』や『シンデレラ』を超えた、現代的なテーマが浮かび上がってくる、という仕掛けなのだ。
なかなか意欲的な試みだとは思う。しかし、いかんせん色々な要素を詰め込み過ぎた結果、説明不足に陥っている様な気がする。予告編で示されているとおり、小春は最終的に恐るべき罪を犯す事になるのだが、ここまで極端な状況に辿り着くまでの心理的過程が十分に説明されているとは思えないので唐突に見えてしまう。そもそも、ヒカルがなぜ不可解な言動を繰り返すのか、大悟が親としての役割や理想的な家族像に執着するのはなぜか、その理由も登場人物の口を借りて言葉で説明されるだけで具体的な描写が無く、それも通り一遍の内容なので説得力に欠ける。もちろん、具体的な描写や説明の乏しさは、本作を一篇の童話として語るという側面からすれば仕方のないところもあるのだろう。ただ、印象的なエピソードを並べたはいいものの各挿話の繋がりが見えにくいので、全体を貫くテーマが希薄になってしまった。このあたり、物語を前半と後半ではっきりと分けてしまった事に原因があるのではないか。と、色々と言いたい事はあるものの、一見の価値がある力作なのは間違いない。主演の土屋太鳳も非常に難しい役柄を上手くこなしていたと思う。

 

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レベッカ(字幕版)

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ダフニ・デュ・モーリエの小説を原作とする、アルフレッド・ヒッチコック監督の渡米第一作。本作と共通するモチーフが散見される。ジュディス・アンダーソン演じるダンヴァース夫人がとにかく恐ろしい。 

 

かしこい狗は、吠えずに笑う

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  • 発売日: 2015/02/27
  • メディア: Prime Video
 

ぴあフィルムフェスティバルに出品され、一躍脚光を浴びた渡部亮平の初監督作品。ポン・ジュノの『ほえる犬は噛まない』とは関係ありません。リリカルな青春ものと思いきや、後半ではとんでもない展開が待ち受けている。理想的と思えた人間関係が反転し地獄絵図へと変わる、という構造は『哀愁しんでれら』と同じ。