事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ロバート・ハーモン『ヒッチャー ニューマスター版』

ヒッチャー』は、狂った殺人鬼がもたらす理不尽な恐怖を描きながら、最終的には被害者=犯人という分裂的な地平へと辿り着く

アメリカの映画だとヒッチハイクのシーンって結構あるじゃん?いつも思うんだけど、何で見知らぬ人間を平気で自分の車に乗せたりできんの?気持ち悪くない?そもそも、初対面の人間と目的地までどんな会話したらいいの?俺だったら絶対に無視するね。
本作の主人公ジムは、シカゴからサンディエゴに納車に向かう途中、土砂降りの雨の中ずぶ濡れになったヒッチハイカーを車に乗せる。ジョン・ライダーと名乗るこのヒッチハイカーは車に乗るや否やいきなりジョンの喉元にナイフを突きつけ、「俺を止めてみろ」と嘯く。助手席側が半ドアになっているのを利用して、ジムは彼を車から突き落とす事に成功するのだが、その後もジョン・ライダーは執拗にジムを追い続け、行く先々で殺人を重ねるのだった……だから、乗せなきゃよかったのに。
ここのところ、『ザ・バニシング -消失-』『アングスト/不安』など、80年代に作られたシリアルキラー映画のリバイバル上映が続いているが、本作もそうした流れで日本公開されたのかもしれない。これらの作品に共通しているのは、犯人の動機がいっさい描かれない、という点である。もちろん、人が人を殺す本当の理由なんて分かる訳もないのだが、映画はそこにもっともらしい説明を付け加えようとこれまで苦心してきた訳だ。サイコスリラーの始祖とも言われるフリッツ・ラングの『M』では裁判に掛けられた犯人が「俺の中には悪魔が潜んでいるんだ。選択の余地がなかったんだ」と述べる。そんなの、理由にも何にもなってないじゃん、と思うかもしれないが、自分の中に抑える事のできない欲望が存在する、というのは精神分析用語のイド(エス)を念頭に置いている訳で、そこからヒッチコックの『サイコ』で描かれた二重人格(解離性同一性障害)を経て、FBIによるプロファイリングをテーマとした『羊たちの沈黙』へと結実していく。一口にサイコスリラーといっても映画史的な系譜がちゃんと存在しているのだ。頭のおかしい殺人鬼が包丁を振り回して襲い掛かってくればサイコスリラーになる訳ではない。それじゃ単なるホラー映画である。
で、この3作で犯人の動機が全く描かれていないのは、80年代に大量に作られたホラー映画、特に『13日の金曜日』を代表とする殺人鬼映画に影響を受けているからではないか、と思う。とはいえ、『13日の金曜日』だって第1作目はどんでん返しを用意したスリラーに仕上がっていて、最後に明らかになる真相は『サイコ』と同じく、母と子の歪んだ愛情の物語だった。それが『13日の金曜日 PART2』で死んだ筈のジェイソンが本当に甦り、理由もへったくれもなく人を殺しまくる様になって、殺人鬼に動機なんて必要ないんだ、という風潮が作られていったのである。
だから、本作の公式サイトにコメントを寄せている藤野可織や涌井次郎の様に、動機なき犯罪を繰り返すジョン・ライダーに「避けられない運命」や「人生における厄災」のメタファーを読み取ってもいいが、そんなのジェイソンやフレディだってぶっ殺される側からすれば同じ話であって実は大した意味はない。むしろ、同じくコメントを寄せている自動車評論家の鈴木真人の指摘どおり、キャディラック・セヴィルから始まった物語がダッジ・ラムチャージャーで幕を閉じるという構成の方に注目すべきだろう。主人公ジョンは、キャディラックを陸送していただけで車の所有者でも何でもなく、最後に乗るダッジにしても警官から奪い取ったパトカーに過ぎない。要するに、ジョンもジョン・ライダーと同じく「持たざる者」なのだ。その意味で、ジョン・ライダーはジョン似姿、あるいは心の中に存在する暴力衝動のメタファーなのかも知れないし、彼が何度も「俺を止めてみろ」とジョンに呼びかけるのも、イド(エス)を抑圧する超自我の形成を求めている、と解釈する事もできるだろう。だから、鈴木真人が本作に登場する2台の車を「人を疑うことを知らない無垢な青年が試練を経て大人に成長していく課程を象徴している」と読み解くのは極めて正しい。『ヒッチャー』は、狂った殺人鬼がもたらす理不尽な恐怖を描きながら、最終的には被害者=犯人という分裂的な地平へと辿り着き、『M』や『サイコ』の系譜に連なろうとする。その後、キャスリン・ビグローと共に『ニア・ダーク/月夜の出来事』といった名作を手掛けるエリック・レッドによる脚本は、意外な深みを湛えているのだ。また、オーストラリア出身の撮影監督ジョン・シールは、シカゴからサンディエゴへの道のりに広がる、荒涼とした砂漠の風景をざらついた映像で捉え、この映画が湛える言いようのない寂しさを的確に表現している。

 

あわせて観るならこの作品

 

激突! (字幕版)

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  • 発売日: 2015/06/29
  • メディア: Prime Video
 

ハイウェイを舞台にしたホラー映画という事で。この映画でも、大型トレーラーで主人公を追い回す犯人の正体は明かされず、むしろトレーラーが自分の意志で襲い掛かってくる様な描き方がされている。 スピルバーグがモンスター映画を念頭に置いていた事は間違いない。

 

ブルースチール (Blue Steel)

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  • メディア: Prime Video
 

ニア・ダーク/月夜の出来事』もそうだが、エリック・レッドの手掛けた作品は「見ず知らずの奴と同じ車に乗り合わせたせいで酷い目に遭う」というお話が多い。こちらはジェイミー・リー・カーティス主演の刑事ドラマ。後に女性監督として初のオスカーに輝くキャスリン・ビグローの堅実な演出が光る。