事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

クレベール・メンドンサ・フィリオ、ジュリアノ・ドネルス『バクラウ 地図から消された村』

帝国植民地主義を吸血鬼に例えるなら、バクラウの住人はヴァンパイアハンターなのだ

私は、本作を何の予備知識も持たずに観たので、冒頭の宇宙空間を映したショットから、ブラジル産の侵略SFか何かなのかな、と予想したのだが、全然そんな映画ではなかった…農場に住む家族が皆殺しにされているのが発見され、その後に空飛ぶ円盤が登場するくだりは、まさに侵略SF映画でお馴染みの展開である。しかし、その円盤が偵察用のドローンだと分かり、ドローンの持ち主達がブラジル北東部の寒村バクラウを殲滅しようと武装しているのを知るに及んで、じゃあこの映画は『猟奇島』みたいな、人間狩りをテーマにしたホラー映画なのかな、と考えていると、また終盤にあっと驚く展開が待ち受けていて、映画が終わってみると自分は一体何を見せられたんだろう、という気持ちになるのだった。
監督のクレベール・メンドンサ・フィリオ、ジュリアノ・ドネルスは、ジョン・カーペンターの映画に影響を受けたと公言しているので―何しろ、劇中に登場する学校の名前が「ジョン・カーペンター記念学校」だったり、ミュージシャンとしても活動するジョン・カーペンターの曲に合わせて村人がカポエラを踊ったりするぐらいだから―それになぞらえて表現すれば、『遊星からの物体X』風に始まった映画が、『ゴースト・オブ・マーズ』っぽい展開になって、最終的には『要塞警察』みたいに終わる、という感じだろうか。しかし、結局のところカーペンター作品の中では『ヴァンパイア/最期の聖戦』にテイストが近い気がする。といっても、何が何だか分からないかも知れないが…
もう少し詳しく説明すれば、『要塞警察』の名前を出した事から分かるとおり、この映画は『七人の侍』のごとき、村人たちが力を合わせて襲い来る悪漢を撃退する―私はゲームになぞらえて「タワーディフェンスもの」と呼んでいるが―要するにそんな話なのである。ただ、『要塞警察』も『七人の侍』も、限られた物資と人員だけで数に勝る相手をどうやって追い払うか、というリソース管理が映画の面白さに貢献している(もちろん、それだけではないが)のに対し、本作にはその手の描写が全くない。だから、まともに戦って勝てる筈のない相手をバクラウの村人たちが返り討ちにできた理由を他に求めなければならないのだが、その理由を一言で表すなら「敵がナメていたから」という事になろう。そして、この「ナメていた」態度が「歴史に対する無知」に繋がってくるのが本作のキモなのである。
本作の舞台となる架空の街バクラウは、ブラジルに点在する黒人集住集落「キロンボ」がベースとなっている。ポルトガルによる植民地時代に、重労働から逃れた黒人奴隷が築いたそれらの集落は、今もその子孫たちが貧しい生活を送っているそうだ。現在のコロナ禍においても、医療や物資など公的な支援をほとんど受けられず極めて厳しい状況に置かれている。環境も劣悪で道路のほとんどが未舗装、上下水道といったインフラも少なく、川の水を引いて生活する住人も多いという。そうした現実を反映してか、本作でも水が大きな利権となって政治的な支配関係を築いていた。ほとんど『マッドマックス』の世界である。しかしながら、「キロンボ」の人々の築いてきた歴史を、単に虐げられた者たちの悲劇と矮小化してはならない。当然の事ながら、逃亡奴隷をポルトガルの支配者層が黙って見過ごす筈はなく「キロンボ」は何度も何度も外部からの襲撃を受けてきたが、住人たちはその度に大きな犠牲を払いながら、必死の抵抗によって集落を守ってきた。その様な闘いの記憶こそが地図から消された村の住人達に受け継がれているのである。
だから、バクラウを偵察に訪れた者たちが、村人たちの勧めに従い、村の博物館を見学していればそこに飾られた血で血を洗う戦いの記録や、集落を守ってきた夥しい数の銃火器を発見し、こりゃヤベエ奴らだな、と気づいた筈なのだ。しかし、彼らはバクラウの住人たちを単なる無知な田舎者と即断しその歴史を学ぼうとしなかった。だからこそ、当初は「追う者」であった筈の襲撃者たちが、一転して「追われる者」に成り果ててしまったのである。未開地に乗り込み、暴力によってそのレガシーを奪いつくす帝国植民地主義を吸血鬼に例えるならば、バクラウの住人は言わばヴァンパイアハンターなのだ。吸血鬼は光が失われた夜にはその全能の力を発揮するが、太陽が東の空から昇り始めた瞬間、見る間にその力を失いヴァンパイアハンターによって駆逐されていくだろう。ウド・キア率いる襲撃者たちは夜にバクラウの子供を撃ち殺し自らの力を誇示するが、その立場は翌朝にはいとも簡単に逆転してしまうのだ。
様々なジャンル映画のエッセンスを取り入れて、マジックリアリズム的な狂騒感を演出する本作だが、『ヴァンパイア/最期の聖戦』の様な吸血鬼映画を補助線として理解する事も可能だろう。

 

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吸血鬼映画とマカロニウエスタンをミックスさせたジョン・カーペンターによる快作。なぜかイーストウッドの『ミスティック・リバー』で引用されていた事で話題になった。