事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ディーン・パリソット『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』

あらゆる問題を主演2人の人柄の良さで解決していくSFコメディ

あの『ビルとテッド』シリーズ、29年ぶりの新作がとうとう完成し、日本でも公開されたというのだから世の中何が起こるか分からないものだ。確かに、熱狂的なファンのいるカルト作であった事は確かだが、キアヌ・リーブスが『スピード』で大ブレイクする前の出演作でその馬鹿々々しい内容から、本人にとっては黒歴史なのかと思っていた。ところが、この続編はキアヌ自身が長年にわたって熱望していた企画らしい。こういうところは、本当に信用のできる男である。できれば、この勢いに乗って相方アレックス・ウィンターが監督した『ミュータント・フリークス』の続編も作って欲しいものだが、まあ無理だろう。
ところで、シリーズ第1作『ビルとテッドの大冒険』が公開された1989年はサタデー・ナイト・ライブで『ウェインズ・ワールド』というコントが始まった年でもある、後に映画化もされ、『オースティン・パワーズ』で知られるマイク・マイヤーズ出世作となったこのコントシリーズは、ヘビメタおたくがホストを務めるCATV番組でゲスト(エアロスミスとか有名ロックバンド)をいじりまくる、という内容だった。このあたりから、それまで何となく共有されてきた「いい歳こいてハードロックとかヘビメタが好きな奴はアホ」という固定観念がいよいよ公然とまかり通る様になり、その手の音楽を好んで聴いてそうな連中、特に目標や夢がある訳でもなく、MTVをぼーっと観たり、ド下手なギターをかき鳴らしたり、オナニーをするぐらいしかやる事の無い中産階級の白人青年、英語では「slacker」などと呼ばれる社会に適応できないバカガキどもを主役に据えたコメディが量産されていく様になったのである。前述した『ウェインズ・ワールド』や、日本でも話題になったアニメシリーズ『ビーバス&バットヘッド』なども、こうした文脈で捉える事ができるだろう。1970年代後半から80年代序盤に生まれた彼らは「ジェネレーションX」と呼ばれ、例えばベン・スティラーの『リアリティ・バイツ』やケヴィン・スミスの『クラークス』といった、定職に就かずにバイトをして仲間とくっちゃべっているだけの若者たちの日常を切り取った青春映画群を生みだす事になる。
しかしながら、今述べた「slacker」や「ジェネレーションX」の話と、『ビルとテッド』シリーズは全く関係が無い。じゃあ書くなよ、と言われそうだが、この関係が無い、という事が重要なのだ。確かに、彼らは「ワイルド・スタリオンズ」というハードロックバンド(といっても、メンバーは2人でどちらもギターなのだが)を結成している。勉強も全くできず落第寸前、警察官の父親からはこのまま落第したら軍隊学校へ転校させる、と脅されているボンクラだ。しかし、彼らにはX世代特有の無力感や諦念が全く無い。常に前向きで楽天的で、自分にも他人に対しても大らかである。要するに人柄が良いのだ。彼らのバンド「ワイルド・スタリオンズ」の音楽が世界に平和をもたらし、未来では英雄視されているが故に、現在の彼らの苦境を助けに未来人がタイムマシンに乗ってやって来る、というのがシリーズを通した設定なのだが、何となく彼らの人の良さを見ていると、そんな事もあり得るんじゃないか、と思えてくる。だから、彼らの音楽は劇中でも常にポジティブに評価され、ハードロックやヘビメタに対する蔑視など全く感じられない(そもそも、あらゆる音楽ジャンルの中でハードロックやヘビメタだけが公然と馬鹿にされていい、という風潮がおかしいのだが)。1作目『ビルとテッドの大冒険』は、タイムトラベルSFとしてもスラップスティック・コメディとしても相当にゆるい出来栄えで、映画的に成功しているとは言えないのだが、それでも嫌いになれないのはこのビルとテッドというキャラクターのオープンでピースフルな魅力にあるのだと思う。
さて、映画的な完成度がぐっと増した1991年の2作目『ビルとテッドの地獄旅行』のラストで死神(イングマール・ベルイマン『第七の封印』のパロディ)がベースとして参加し、1作目で中世から連れてきたお姫様2人がドラムとキーボードを担当する事で、遂に「ワイルド・スタリオンズ」もバンドとしての形が整った。後はメジャーデビューしてスター街道まっしぐら、彼らの音楽が全宇宙に平和と安定をもたらすのを待つばかり…の筈だったのだが、そう上手くいかないのが音楽業界の常で、年月と共に人気は落ち込み、音楽的にも迷走を始め(迷走しまくった現在の彼らの音楽は劇中で聴く事ができる)、今や応援しているのは家族だけという状態である。そんな中、やさぐれたビルとテッドの前にまた未来からの使者がやってきて「お前らがチンタラやってるから人類が時空の歪みで滅亡しそうじゃねえか、助かりたかったら77分25秒以内に名曲を作って演奏しろ」と宣告されてしまう。しかし、スランプに陥っている彼らにそんな短時間で曲を書ける訳がない。そこで、彼らはタイムトラベルで未来へ向かい、名曲が書けた(であろう)自分に会いに行こうと考える。その一方、父親たちを何とか助けたいビルとテッドの娘たち(ビルとテッドは前述のお姫様と結婚し家庭を設けている)は、逆に過去へと戻り伝説のミュージシャンを連れてきて最強のバンドを結成しようと考える。だがしかし、未来人の中にはビルとテッドを抹殺する事で事態の収拾を図ろうと画策する者もおり、密かに殺人ロボットを送り込んでいたのだった…
という訳で、本作は29年ぶりの続編という事もあり単体でも楽しめる様になってはいるが、1作目と2作目のプロットをミックスしてブラッシュアップした様な、まさに集大成とも言える作品に仕上がっている。シリーズのファンなら思わず笑ってしまう様な小ネタがそこかしこに散りばめられているので、ぜひとも1作目から通して観て頂きたい。折しも緊急事態宣言下で気分が沈みがちの昨今、とにかく前向きで明るい気持ちになれる作品であるのは保証する。娘たちの連れてくるバンドメンバーがジミヘンはまだしも、ルイ・アームストロングとかモーツァルトとかもうめちゃくちゃなので、既にハードロックもヘビメタも関係なくなっている気がするのだが(最後に流れる曲はEDM風味のフュージョンみたいな感じである)、ハードロックにクラシックの要素を取り入れるというのはメタリカもやっていたし、やっぱり関係がない事もないか。

 

あわせて観るならこの作品

 

ビルとテッドの大冒険 [Blu-ray]

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  • 発売日: 2018/08/24
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記念すべき第1作目はユルい『バック・トゥー・ザ・フューチャー』といった感じ。歴史授業の単位を落とすと落第になってしまうビルとテッドがタイム・トラベルで過去へ向かい、歴史上の偉人たちを現代に連れてくる、という内容。何で偉人を現代に連れてきたら落第を免れるのか、未だにさっぱり分からないのだが、なぜか何とかなってしまう。

 

ビルとテッドのバンド「ワイルド・スタリオンズ」の音楽が気に入らない未来の悪者がビルとテッドそっくりのロボットを現代に送り込んで抹殺を図る。というと、「ははあ、今度は『ターミネーター』だな」と思うかもしれないが、ビルとテッドはそのロボットにあっさり殺されてしまい、地獄めぐりを経験する、というよく分からない展開に。