事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

原田眞人『ヘルドッグス』

岡田准一の存在感が映画に暴力の予感を呼び込む

2023年の1月を既に迎えたが、2022年に観た映画の感想が全然書き終わっていない。とりあえず、それらを全て書き終えてから年間ベスト10について考える事にする。

私は原作小説を読んでいないが、あらすじを見て何となく『このミステリーがすごい!』大賞受賞作家がKADOKAWAから出す小説っぽいな、と思ったら本当にそうだった。原作者の深町秋生は2004年にこのミス大賞を受賞しているので、ベテランと言ってもいいキャリアの持ち主である。中島哲也監督の『渇き』もこの作家のデビュー作が原作らしいが、不勉強で全く知らなかった。というか、中島哲也作品も観たのは『下妻物語』ぐらいなのだが…
恥を忍んで言えば、原田眞人の監督作も私はそれほど観ている訳ではない。だから何となくのイメージでしかないのだが、この監督の映画は基本的に会話劇なんだと思う。ほとんどの作品で脚本を手掛けているという事もあり、台詞も凝った言い回しがふんだんに取り入れられ、何を言っているのかよく聞き取れない事もままある。また、状況説明的な台詞も多くアクションよりも言葉で物語をリードしていく、という印象が強い。その会話劇的要素と物語とが上手く融合すると『駆込み女と駆出し男』の様な傑作が生まれ、上手くいかないと『金融腐蝕列島 呪縛』の様な空疎な作品ができてしまう訳だ(今思えば、あの映画の空虚っぷりは日本経済の実態を表現していたのかもしれない)。
今作のストーリーは非常に複雑である。いかにも『このミス』大賞作家らしい、先行作品を換骨奪胎した盛り盛りのプロットと二転三転する先の読めない展開、一癖も二癖もある登場人物、私は1時間を過ぎたあたりでお腹がいっぱいになってきたのだが、とにかくこの凝りに凝りった物語を観客に理解させる為にだろう、説明的な台詞もどんどん投入されていく(その割に何を言っているのかよく聞き取れないのは相変わらずだ)。
状況説明に要する時間が長くなればなる程、会話シーンが多くなり、映画の動きは止まってしまう。これはアクション映画としては致命的な構造である。しかし、『燃えよ剣』に続いて主演を務め、格闘デザインも兼任した岡田准一の存在感が映画を引っ張っていく。躍動する彼の肉体が、多くの言葉を尽くして説明される物語世界を凌駕して、映画のあらゆる瞬間に暴力の予感を埋め込んでいくのだ。物語の中盤に展開するカラオケスナックのシークエンスはどことなくクエンティン・タランティーノの映画を彷彿とさせる。タランティーノの冗長な会話場面が私たちを魅了するのは、そこに宙吊りにされた暴力の予感を感じ取ってしまうからだ。近年はドメスティックな作風に傾きがちだった原田眞人のフィルモグラフィの中で、本作はその国際性において白眉を為す。氏の敬愛するサム・ペキンパーサミュエル・フラーのシンプルで力強い作品に比べるといかにもToo Machではあるが、その過剰さを引き受けた上で運動の連鎖だけで映画を成り立たせようとする、矛盾した欲望が私たちを熱くさせる。

 

あわせて観るならこの作品

 

『このミス』大賞受賞作家である柚月裕子KADOKAWAから刊行した(!)小説を白石和彌が映画化。映画オリジナルの続編も公開されており、そちらは感想を書いています。