事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ブレント・ウィルソン『ブライアン・ウィルソン 約束の旅路』

地上に遣わされた天使についてのドキュメンタリー

私もポップス/ロックファンのはしくれとして、ザ・ビーチ・ボーイズ の『ペット・サウンズ』と、ブライアン・ウィルソンのソロ・アルバム『スマイル』はCDを持っております。とはいえ、それほど熱心なファンという訳ではないので『ペット・サウンズ』と幻のアルバム『スマイル』をめぐるゴタゴタについてはロック史の有名なエピソードとして、何となく知っているレベルである。自信作だった『ペット・サウンズ』の売上不振、創作上のプレッシャーなどによってブライアンは深刻な精神的危機に陥り、音楽活動を継続する事が不可能となってしまう。『ペット・サウンズ』の異様なほど緻密に作り込まれたスタジオ・ワークは、当時のブライアンをめぐる醜聞と相まってパラノイアックな印象を与え、言葉は悪いが「狂気のアルバム」というイメージがひとり歩きした感がある。しかし、多重録音や音響処理を駆使した同アルバムは世界中のポップ・ミュージックに影響を与えた。本作でも少し触れられているが、ブライアンはビートルズの65年のアルバム『ラバー・ソウル』から影響を受けて『ペット・サウンズ』を製作したという。そして、『ペット・サウンズ』に衝撃を受けたビートルズのメンバーが67年に発表したアルバムがあの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』だとされている。この1965年から67年に掛けての作品を介した両者のやり取りは、ロックファンならずとも興味深いものに違いない。
本作を観るに、ブライアンは未だにメンタル・ヘルス面での不安を抱えて生きているのだろう。それでも音楽を鳴らし続けようとする彼の姿は、まるで地上に遣わされた天使の様に見える。ブライアンは生き馬の目を抜くショー・ビジネスの世界で生きていくにはあまりに純粋過ぎた。幼少期から父親に虐待を受け続けていた少年が獲得した、唯一の救いであり自己表現の手段が音楽だった筈だ。しかし、豊かな才能を持つが故に、それはいつしか金を生む商品に貶められていく。全てをむしり取ろうと群がる人々から己の魂と音楽を守る為に、彼は狂気へと至る道を選んだのである。
良き友人でもある元ローリング・ストーン誌の記者、ジェイソン・ファインによるインタビューは、ブラインに最大限の配慮をはらいながら、私たちロックファンが訊きたい事について、それとなく話を差し向けていく。自らを襲った悲劇について語るブライアンの表情はまだ不安そうで、それでもレコーディング・スタジオやライブホールで歌い、演奏する彼の穏やかな表情を見ると、彼は長い回り道を経てやっと自分の音楽を取り戻したのだ、と実感する。

 

あわせて観るならこの作品

 

ザ・ローリング・ストーンズによる「悪魔を憐れむ歌」のレコーディング風景を写したドキュメンタリーパートと、社会運動にまつわるドラマパートを組み合わせたジャン=リュック・ゴダール68年の作品。脱退直前のブライアン・ジョーンズの姿がカメラに収められた作品としても有名。脱退から1か月後、深刻な薬物中毒だったブライアンは自宅で死亡しているのを発見された。