事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

デビッド・リーチ『ブレット・トレイン』

過激なアクションの裏に隠された作り手たちの照れ

『デッド・プール2』『アトミック・ブロンド』のデビッド・リーチ監督作、もちろん製作にはアクションスタジオ87elevenが加わっているという事で、またもやエクストリームなアクション映画になる事が期待された本作、原作は何と日本のエンタメ小説家、伊坂幸太郎の小説『マリアビートル』である。日本人作家の書いた小説がハリウッドで映画化され、しかもブラッド・ピットが主演を務めるとはこりゃすごい、と我々からすれば狂喜するところだが、配役をめぐってアメリカ本国では議論を呼んだらしい。どうやら、原作では日本人だった登場人物のほとんどを白人に変更した事が、いわゆる「ホワイト・ウォッシング」ではないか、と非難された様だ。
確かに、原作と同じく日本を舞台にしているにもかかわらず、本作の日本人キャストの少なさはいささか不自然さを感じさせる。主要なキャストでいえば真田広之と、日系ハーフのアンドリュー・小路ぐらいしか日系俳優がいない。それならいっその事、物語の舞台をアメリカに移し変えてしまえば良かったのに、なぜ製作陣は日本にこだわったのか。もちろん、本作の最も重要な要素である疾走する新幹線内でのアクションを成立させる為、というのが大きな理由のひとつだろう。しかしそれ以外に、リアリティとイマジネーションが入り混ざった、現実とは微妙に異なる日本を描きたい、という想いが作り手にあったのではないか。というのも、本作の前に87elevenが参加したNetflix製作の映画『ケイト』がまさにその様な作品だったからだ。メアリー・エリザベス・ウィンステッドが主演したこの奇妙なアクション映画は、主人公がバニラカーに乗ったり、コスプレバンドBAND-MAIDのライブシーンが挿入されたりといったリアルなジャパニーズ・カルチャーが描かれる一方、いかにもハリウッド映画らしい勘違い日本描写が併存し、そのごった煮的世界の中で東映ヤクザ映画に『ニキータ』を接ぎ木した様な物語が展開する。
『ブレット・トレイン』は新幹線という閉鎖空間を舞台にしている為、それほど日本の文化風俗が細かく描かれている訳ではない。しかし、毒々しいネオンに彩られた新幹線車内の様子は『ブレードランナー』から『ゴースト・イン・ザ・シェル』まで連綿と続くアジアン・ノワールに対するオマージュが窺える。もちろん、こうした日本描写が既に類型的なものになっているのは否めない。しかし、現実にはあり得ない架空の日本を舞台にすれば、日本刀を振り回すヤクザや忍者が登場しても不自然だ、国辱映画だと非難されるリスクは避けられるだろう(今回は思わぬところから批判を受けた訳だが)。
ハリウッドにとって、日本刀を使用したアクションはいまだ発展途上である。クエンティン・タランティーの『キル・ビル』という金字塔があるにはあるが、あの様なパロディめいた形ではなく、現代のアクション映画に殺陣を自然に導入したい、という想いが87elevenとデビッド・リーチにあったのではないか(もちろん『デッドプール2』もその試みのひとつである)。『ジョン・ウィック』連作において香港映画のノウハウを取り込み、ガンアクションとカンフーを合体させたアクション「ガン・フー」を確立させた製作陣は、今度はガンアクションと殺陣を組み合わせた新たなアクション映画の地平を模索しているのかもしれない。残念ながら、本作がその目論見を十分に果たしたとは言えないが、これはブラッド・ピットの演じる主人公にコメディリリーフ的な役割を課した事が影響している。彼は結局、行き当たりばったりの言動で問題を大きくするだけで、物語の全てを背負って決着を付ける存在ではない。その結果、クライマックスの殺陣アクションは真田広之に託すしかなくなり、そのシーンだけが映画全体から浮いた印象を受ける。この様な外し方はある意味、作り手たちの聡明さから来る「照れ」のせいではないかと思うのだが(『デッドプール2』にもその照れは多分にある)、もちろんその様な「照れ」を無視してジャンル映画を作る事は現在において不可能なのだろう。