事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

スコット・デリクソン『ブラック・フォン』

悪意や暴力に満ちた世界をサバイブしていく子供たちの物語

MCU作品『ドクター・ストレンジ』の監督を務めたスコット・デリクソンは続編製作の依頼を断り、『フッテージ』で起用したイーサン・ホークと再びタッグを組んでこの不気味なホラー映画を作り上げた。原作はジョー・ヒルの書いた短編小説。スティーヴン・キングの息子であるジョー・ヒルは、アレクサンドル・アジャが映像化した『ホーンズ 容疑者と告白の角』の原作者としても知られ、既にホラー小説家として確固たる地位を築いている。
幼児誘拐犯にさらわれた主人公の少年が、閉じ込められた地下室からいかに脱出するか、少年と犯人の息詰まる攻防を描いたシチュエーション・スリラー的プロットに、死者からの電話という古典的な道具立てを盛り込んだ本作は、いかにもモダン・ホラーらしい佇まいで何やら懐かしい印象すら受ける。モダンホラーなんて呼称はもはや誰も使わないのかも知れないが、本作を観る限り、やはりジョー・ヒルはキングの息子なのだな、という率直な感想を抱いた。
というのも、そもそもモダン・ホラーとは、ホラーやSFでおなじみのモチーフを使って、現代社会を生きる私たちの恐怖や不安を炙り出す作品群を指していたからだ。キングの長編デビュー作『キャリー』や初期の代表作『シャイニング』も、サイコキネシスや幽霊屋敷という使い古されたテーマを選びつつ、その根底には学校でのいじめや家庭内暴力に対する問題意識がはっきりと刻印されていた。
この世に溢れる悪意や暴力に抗い、サバイブしていかねばならない子供たちの物語―それこそがスティーヴン・キングが繰り返し描き、またジョー・ヒルが受け継ごうとしたものである。黒い電話から聞こえてくるのはだから、理不尽な暴力に晒された子供たちの声なき声なのだ。大人たちが聞き逃してしまう子供たちの叫びを、主人公のフィニーははっきりと聞き取る事ができる。フィニーの妹グウェンが見る予知夢は、子供たちのすぐ傍まで迫っている暴力への予感だ。大人たちが躍起になって否定しようとしても、子供たちは自分に向けられた悪意を既に感じ取っている。
『IT』のピエロがそうであった様に、本作における誘拐犯グラバーは、現代を生きる子供たちが感じる恐怖、予感を体現する象徴的存在なのだ。従って、彼が凶行を繰り返す動機は劇中ではっきりとは説明されないし、彼の内面性についても明確に描かれてはいない。不気味なマスクを着けたイーサン・ホークは、子供たちに向けられた理不尽な悪意そのものとして嫌らしい笑みを浮かべている。

 

あわせて観るならこの作品

 

アレクサンドル・アジャ監督、ダニエル・ラドクリフ原作のホラーミステリー。これがジョー・ヒル原作とは不勉強ながら知りませんでした。