事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

エドガー・ライト『スパークス・ブラザーズ』

メイル兄弟が抱く映画への見果てぬ夢

この映画を観るまで私はスパークスについてほとんど何も知らなかった。予習がてら、これまでのアルバムを片っ端から聴いていったのだが、彼らがアメリカ出身のバンドというのは少し意外に感じた。そのひねくれたメロディと歌詞、アルバム毎にスタイルを変えるコンセプチュアルな作品作りなど、何となくイギリスのバンドだと思っていたからである。実際、中心メンバーであるメイル兄弟は、当時アメリカで流行していたフォーク・ミュージックを嫌悪し、ザ・フーキンクスといったイギリスのロック・バンドに傾倒していたらしい。トッド・ラングレンのプロデュースにより、「ハーフ・ネルソン」名義でデビューした彼らは、その後イギリスを中心に人気を獲得していく事になる。弟ラッセル・メイルの甘いマスクもさる事ながら、チョビ髭を生やした兄、ロン・メイルの奇怪なパフォーマンスも人々に強烈なインパクトを与えた。個人的に、この「バンドに紛れ込んだ怪しげな人」というロンのキャラクターは、SOFT BALLET森岡賢や電気グルーヴピエール瀧といったパフォーマーに繋がっているのではないかと思う。
それにしてもジョルジオ・モロダープロデュースの『No.1イン・ヘブン』、これは本当に素晴らしい。モロダーによるディスコ・サウンドが全面的にフィーチャーされたこのアルバムは、エレクトロ・ポップの先駆的作品であり、このドキュメンタリー作品にも登場する、デペッシュ・モードやイレイジャー、デュラン・デュランといった後進たちに多大な影響を与えた。近年のスパークスはビートの束縛から逃れたチェンバー・ポップ的な作風にシフトしているが、好奇心の赴くまま無節操に作風を変えていく彼らの音楽が、時代を先取りした奇跡の一作と言えよう。
ところで、スパークスと映画の関りは意外と深い。本作でも語られているが、彼らはジャック・タチの幻に終わった作品『Confusion』に出演予定だった。タチの体調不良によりこの話はキャンセルとなってしまったが、緻密に設計された世界観と人を喰ったユーモアという意味ではスパークスジャック・タチはいかにも相性ぴったりで、完成していたらどんな作品になっていたのか、と残念でならない。また、池上遼一の漫画『舞』をミュージカル映画にしようと試みたが、ティム・バートンが監督を降板した為に頓挫してしまった、という挫折も味わっている(『舞』の映画化についてはティム・バートンに代わって、ツイ・ハークが監督するという話もあったらしい。メイル兄弟はツイ・ハークのファンらしく「ツイ・ハークは映画監督」という曲を作ったり、ジャン=クロード・ヴァン・ダム主演の『ノック・オフ』という映画のテーマ曲を手掛けたりしている)。その他、1977年制作の『ジェット・ローラー・コースター』というパニック映画に出演していたり、イングマール・ベルイマンがハリウッドを訪れた、という設定の『The Seduction of Ingmar Bergman』というラジオ・ミュージカルを作成したり…スパークスラッセル・メイルが所有する自宅兼スタジオで楽曲を制作するらしく、本作でもそのスタジオが映されていたが、なぜか壁には『ずべ公番長 ざんげの値打ちもない』や『爛』、『女殺し屋 牝犬』といった日本映画のポスターが飾られていた。おそらく、彼らは筋金入りのシネフィルなのだろう。
本作を観るまで知らなかったのだが、先日感想を書いた『アネット』は、単にサントラを担当したというだけでなく、メイル兄弟の側からレオス・カラックスに原案を持ち込んだらしい。レオス・カラックスとの縁は『ホーリー・モーターズ』で楽曲が挿入歌として採用されたからだろうか。いずれにせよ、彼らの映画製作にかける想いは一朝一夕のものではない、という事だ。スパークスのこれまでのディスコグラフィを総ざらいするこの労作を手掛けたのは『ラストナイト・イン・ソーホー』エドガー・ライトスパークスのキャリアを丁寧に追い掛けながら決して冗長に陥る事のないその演出は、本作が単なるドキュメンタリーではなく『ジェット・ローラー・コースター』に続く、スパークス2本目の出演作として撮られている事の証であろう。