事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

深田晃司『LOVE LIFE』

増し増しのストーリーとミニマルな演出の齟齬

とにかく色んな事が起こる映画だな、という印象である。もちろん、エンタメ系ではそんな作品はたくさんあるだろうが、いかにもミニシアター映画然としたミニマルな演出が徹底されているのに、次々とドラマチックな出来事が降り掛かり、主人公を含む登場人物たちも驚くべき言動を繰り返すので、全体として非常にいびつな、すわりの悪い印象を受けてしまう。以前に感想を書いた『よこがお』も筋だけを取り上げれば相当変な話だったが、あの作品は筒井真理子演じる主人公がある犯罪事件に巻き込まれ精神的に追い詰められていく、というニューロティク・サスペンスの要素を持っていたので、主人公の言動がいかに突拍子なく思えても、何となく受け入れる事ができた。
しかし、本作の登場人物は―それぞれ様々な問題を抱えつつも―私たちの身近にいそうな市井の人々として描かれているし、俳優陣もずっと白目を剥いたり、よだれを垂らしているのなら、ああコイツは頭がおかしいんだな、と納得もしようが、別にそんな事はないのに言動だけ常軌を逸しているので違和感だけが残る。
例えば、映画の序盤、木村文乃演じる主人公の妙子が義父から「中古にもいいものもあれば悪いものもある」という言葉を投げつけられる。もともと、この義父は初婚である息子が子連れの妙子と結婚する事を快く思っていなかった。たまたま趣味である魚釣りの話から、中古の竿に話が及び、上記の発言に至るのだが、こんな嫌味を言う野郎は性根の腐った、最低の人間だと思うだろう。しかし、田口トモロヲ演じるこの義父は、無神経ではあるが特に変わったところの無い、ごく普通の人物として描かれているのである。
もちろん、一般的に普通、として認識されている人物が、時に暴力的な言葉で人を傷つける事はよくある話だし、本作もその様な普通、の背後に潜む悪意を描こうとはしているのだろう。しかし、それならそれで、この義父が息子の妻を中古呼ばわりするに至った心理的な葛藤や苦悩を描くべきなのに、いきなりポーンとこんな言葉だけが投げ出される。本作は始終こんな感じである。なぜなら、筋立てを盛り込み過ぎて、登場人物の内面を掘り下げていく暇が無いからだ。息子が風呂で溺れ死に、失踪していた元夫が現れ、義母がキリスト教に入信し、夫は元恋人と密会する。最終的に妙子は元夫のパク(ろう者の韓国人)と共に韓国へと旅立つに至るのだが、それだけで1本の映画の主題となりそうなエピソードが123分の映画の中で矢継ぎ早に描かれていく。こうした経験を通じて、登場人物たちがどの様に変化していったのか、それもよく分からない。もしかすると、どんな事が起きても人間はそうそう変わらない、という事が描きたかったのかもしれないが、だったらわざわざ映画なんて観なくていい様な気もする。
本作は矢野顕子の楽曲「LOVE LIFE」にインスピレーションを得て、構想20年の末に映画化されたらしいが、はっきり言ってそれが良くなかったのではないか。長い年月にわたって推敲を重ねてきた結果、様々なアイデアが膨れ上がって全てを盛り込まないと気が済まなくなった…という様な、「大作」と呼ばれる作品群によく見られる語りの性急さを本作にも感じるからだ。それが静かなタッチの演出と齟齬を来し、行間を大事にしているのか説明不足なのかよく分からなくなってしまった。深田晃司はアート系映画とエンタメ映画の間で上手くバランスを取りながら作品を作っていく監督だと思うが、本作はいささか凝りすぎた感がある。

 

あわせて観るならこの作品

 

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