事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ジャスティン・ペンバートン『21世紀の資本』

それにしても、数年前にトマ・ピケティの『21世紀の資本』が我が国で大ヒットしたのはいったい何だったんだろうか?まあ、アベノミクスがどうとか、グローバル経済がどうとかいっても、国民の生活は全く豊かにならないし、格差が広がっているばかりじゃないか、という事に人々が気づいたからなのかもしれないが、結局のところ法人減税ばかり推し進めて消費税はちゃっかり増税する、大企業べったりの安倍政権は記録的な長期政権となり、人々はAmazonGoogleといったグローバル企業によるサービスを何の疑問も持たずに利用している。そして、彼らが買い求めた『21世紀の資本』は、ブックオフに大量に並ぶ事になった。

まあ確かに、700ページを超える経済学(正確には社会科学だが)の本を読み通すだけでも大変な訳で、致し方ない面もあるのだろう。実際、私も読んでいない。この映画を観る前に予習をするかと本屋に買いに行ったが、最初の数ページを読んだだけで嫌になってしまった。また、この世の中は間違ってる!という結論には同意できても、ピケティがその打開策として主張する、国際的な財産税など実現できるはずもないので、なーんだ、じゃあどうしようもないじゃん、と諦めてしまったのかも知れない。

そもそも、ピケティの主張は過去200年以上にわたって、資本収益率は経済成長率を上回り続けている(有名なr>gってやつです)から、どれだけ働いたって経済格差はどんどん広がっていくよ!しかも、その資本家どもは収益を労働者へ還元しないのはもちろん、生産力向上の為の投資もせず金融市場へ流し込むだけだから、金融市場と実態経済はどんどん乖離して(コロナショック以降の金融市場がまさにそうでしょう)、一部の金持ちだけがますます栄えるだけなんだ!これって、19世紀の貴族社会の再現だよね!というシンプルなものであり、それを大量のデータと精緻な分析によって実証する、という試みが『21世紀の資本』だったのである。邦訳者の山形浩生の評した通り「本書に書かれている内容はとても単純なことだが、それをデータで裏付けできるようにしたことが優れている」訳だ。しかし、そのご丁寧なデータと分析が『21世紀の資本』をこれだけの大著にした訳で、なかなかそれを読めというのもねえ…と6,000円の大枚をはたいたにもかかわらず、『21世紀の資本』を購入し、結局は最後まで読み通せなかった人や、最初から読む気が失せてしまった私の様な人におすすめなのが、この映画版『21世紀の資本』である。

というのも、この映画は『21世紀の資本』のエッセンスを私の様な阿呆にも分かりやすく伝える事に見事に成功しているからだ。私がさっき書いた要約も、100%が映画からの受け売りである。これは、ピケティ自身が本作の監修を務めた事ももちろんだが、そのピケティを含む数多くの識者の批判的視点を織り込みながら、様々なポップカルチャーを巧みに引用しつつ、資本主義の影の歴史を手際よくまとめた、監督のジャスティン・ペンバートンの功績が大きいだろう。おりしも、アメリカでは資本主義社会で一方的に搾取されてきた人々の怒りが爆発して大きな騒乱が怒り、日本では腐敗した長期政権の歪みを糺そうとする気運が高まっている。ポスト・コロナの時代において、この格差はより拡大する事になるのか、それとも過去の大戦や恐慌の様に経済的な地盤沈下が格差を是正する(=皆が等しく貧しくなる)事になるのか、その手掛かりを本作から探ってみるのも面白いかもしれない。

 

あわせて観るならこの作品

 

中国女 Blu-ray

中国女 Blu-ray

  • 発売日: 2013/04/27
  • メディア: Blu-ray
 

ピケティ自身はマルクスの『資本論』は読んだ事が無いという。しかし、ウロボロスの様な資本の自己増殖を防ぐ為に、国家が介入すべきという主張はやはりマルクス主義へのシンパシーを感じる事ができるだろう。実際、国家統制的な資本主義経済を実施する中国に対し、映画の中では(ある程度の留保はしつつも)好意的に捉えていた節がある。『中国女』は、ゴダールマルクス=レーニン主義毛沢東思想に最も接近していた時期に撮られた作品だが、私たちが世界を変革しようと志す時、やはり1968年という年は重要な問題をはらんでいる。 

 

エリジウム [Blu-ray]

エリジウム [Blu-ray]

  • 発売日: 2014/07/02
  • メディア: Blu-ray
 

なぜか映画の中で引用されていたので。『第九地区』のニール・プロムカンプが手掛けたディストピアSF。ニール・プロムカンプは移民問題格差社会の歪みをSF映画の中に取り込むのがお得意なので(というか、それしか能が無い)、当然この映画の設定は現代社会の似姿となっている。