事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

クエンティン・タランティーノ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

 

クエンティン・タランティーノが描いたハリウッド内幕もの、という事で話題の本作だが(世間的にはレオナルド・ディカプリオブラッド・ピットの共演、という事で話題なのかもしれない)、個人的にタランティーノはいつでも「映画についての映画」を撮ってきた、と思っている。その事は後で述べるとして、本作では1969年のハリウッドを舞台に、価値観の変動に大きく揺れ動く巨大映画産業の姿を描いている。

1950年代におけるスターシステムの崩壊や、マッカーシズムへの協力によって、その栄華に陰りが見え始めていたハリウッドは、60年代に入ると一般家庭へのTVの普及もあって、凋落の一途を辿っていく。ヒッピー文化の隆盛やベトナム戦争への反対運動など、社会が大きな変革を迎えていた時代に、ハリウッドの作る娯楽大作があまりに時代錯誤なものと見なされていた面もあるだろう。そして、新しい世代によるインディペンデントな低予算映画、いわゆる「アメリカン・ニューシネマ」が時代を席巻しようとしていた(『俺たちに明日はない』の公開は1967年)1969年の8月9日、その後のハリウッドに暗い影を落とす事件が起こる。チャールズ・マンソン率いるカルト集団が起こした、シャロン・テート殺害事件である。

とまあ、これぐらいの予備知識があればこの映画は十分に楽しめる筈だが、もうひとつ付け加えておくと、シャロン・テート事件は「アメリカン・ニューシネマ」を端緒とする、ハリウッド転換期の負の側面という見方もできる。狂ったヒッピー集団が、まだキャリアは浅かったとはいえハリウッドの人気女優を殺害した事、また彼らが数々の名作西部劇を生み出してきたスパーン映画牧場を根城にしていた事は、ハリウッドに舞台を移した「父殺し」の呪われた変種とも言えるからだ。

タランティーノが「アメリカン・ニューシネマ」以降の低予算映画、特にロジャー・コーマンが製作したエクスプロテーション映画に深い造詣を持っている事は誰もが認めるところである。映画史に残る名作だけでなく、泡沫の様に消えていったZ級映画についても該博な知識を持っている彼は、現代の映画作家において有数のシネフィルだと言えよう。彼の膨大な映画体験を以てすれば、過去のジャンル映画を再生産する事など幾らでもできる事は、本作に挿入された作中作の数々を観れば明らかである。
しかし、タランティーノはこれまで、その様なストレートなジャンル映画を撮ってこなかった。むしろ、撮れなかったと言うべきだろうか。過去の先行作品を大量に享受してきたからこそ、あらゆる創作物は既に作られてしまっている、という意識が作家自身を縛る。だから、タランティーノの映画はいつでも、いかにもB級映画然としたビジュアルや設定にもかかわらず、非常に屈折した複雑なものにならざるを得ない。『キル・ビル』における異常なまでの時間操作や『デス・プルーフ in グラインドハウス』の著しくバランスを欠いた構成も、ジャンル映画の枠組みを明らかに逸脱している。

現代において、50年代や60年代に作られた作品群が持っていた単純明解さにたどり着く事は不可能である。クエンティン・タランティーノは、ドン・シーゲルロバート・アルドリッチではないのだ。その諦念が彼に迂遠な回り道を選択させ、作品の上映時間はいたずらに引き延ばされていく。これは、タランティーノの才能の欠如を示すものではもちろんない。むしろ、タランティーノの様な屈折や衒いとは無縁に、過去の娯楽映画のコピーを楽しげに量産し続ける、ロバート・ロドリゲスの様な映画監督たちと彼を決定的に分ける美点である。

さて、長々と本作に直接関係のない事を書いてきたのは、この映画の内容について突っ込んだ事を言おうとするとどうしてもネタバレになってしまうからなのだが、とりあえず本作は『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ 繋がれざる者』と3部作を為す、というかこの2作をくっつけだだけじゃねえか、という気もするが、上記2作を未見の方はあわせてご覧になるとより楽しめるのではないだろうか。話題の共演について触れておくと、レオナルド・ディカプリオ演ずるハリウッド俳優、リック・ダルトンの造形が非常に素晴らしかった。クエンティン・タランティーノドン・シーゲルロバート・アルドリッチではない、と先ほど書いたが、それに倣うとするなら、リック・ダルトンスティーブ・マックイーンにもクリント・イーストウッドにもなれなかった男である。彼のマカロニウエスタン初主演作の監督が『荒野の用心棒』のセルジオ・レオーネではなく『続・荒野の用心棒』のセルジオ・コルブッチというのがまた泣ける。また、ディカプリオに負けず劣らず、ブラッド・ピット演じるクリフ・ブースも良かった。『イングロリアス・バスターズ』ではなぜ主演に据えたのか疑問に思うぐらいにぞんざいな扱いだったが、本作はブラッド・ピットのキャリアの中でもベスト・アクトと言ってもいいぐらいの輝きを見せる。特に、クリフ・ブースがスパーン映画牧場を訪れる緊張感あふれたシーンは、まさに良質の西部劇そのものである。

 

あわせて観るならこの作品

 

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これがまたとんでもない映画でね…この作品ではゲッベルス体制下のドイツ国策映画のパロディを作中作として取り込んでいます。

 

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ナチス捕虜収容所からの連合国軍捕虜の脱出劇を描いた名作。悲惨な結末なのに全編に漂う牧歌的な雰囲気が西部劇を思わせる。タランティーノは本作の序盤シーンをサンプリング&リミックスして取り込んでいる。