事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ペドロ・アルモドバル『ペインアンドグローリー』

ペドロ・アルモドバルという監督について何を語ればいいのだろう…もちろん、スペインを代表する名監督である事は認めるし、全てではないがそれなりに作品も観てはいる…ただ、個々の作品はそれなりに面白いのに、その作品群から作家性を抽出しようとするとぼんやりしたイメージばかりで何も思い浮かばないのだ。監督自身がゲイである事を公言しているので、同性愛者がよく登場するとかはあるだろうけど…何でこんな事を言い出したのかといえば、アルモドバルについて誰もが抱くであろう、唯一無二の個性的な映画作家という認識が、イラン人監督アスガー・ファルハディの『誰もがそれを知っている』という作品を観た事で大きく揺らいでしまったのである。この作品は、ファルハディがペネロペ・クルスハビエル・バルデムを招いてオールスペインロケに挑んだサスペンス作品なのだが、これがどう見てもアルモドバルの映画そっくりなのだ。もしかすると、スペインを舞台していてペネロペ・クルスが出てくれば、みんなアルモドバルみたいな映画になってしまうのか?
まあ、それは冗談としても、アルモドバルという人は意外に器用、というか職人肌の監督で、どんなに異様な題材を扱った映画でも必ずエンターテインメントとしてきっちり成立させてしまうところがあって、伏線も律義に回収してくれるし、はっきり言って作品に謎めいたところが全然ないのである。例えば、代表作のひとつである『トーク・トゥ・ハー』でも、途中で「縮みゆく恋人」という、豆粒ぐらいの大きさに縮んだ男が女の陰部に入り込む、というシュールレアリスティックなサイレント映画が唐突に挿入されるのだが、それも看護師ペニグノが昏睡状態のまま眠り続けるアリシアに抱いた歪な欲望のメタファーとして観客はたやすく理解できる。そのアーティスティックな見かけに反して、アルモドバルの映画に明かされないまま終わる秘密や謎など一切ない。全ては観客の前に、あからさまな形で提示されている。従って、アルモドバルの映画では必然的に回想シーンが多くなる。映画の後半になると時間が巻き戻され、それまで隠されていた過去が明らかにされて大団円を迎える、という展開が非常に多いからだ。その良い例がペネロペ・クルス主演のメロドラマ『ボルベール〈帰郷〉』だろう。
その分かりやすさが俗っぽいとも言えるし、一貫して異常な映画ばかり撮っているのにこれだけの人気監督として受け入れられた理由だとも言える(その手腕は監督としてだけでなくプロデューサーとしても如何なく発揮され、実際に『永遠に僕のもの』を始め、様々な佳作を生み出していたりもする)。それに、せっかく面白い話を思いついたんだから、お客さんには何から何まで説明して分かってもらいたい!という無邪気さが嫌いになれない。本作と同じくアントニオ・バンデラスが主演を務めた医療サスペンス『私が、生きる肌』など、アルモドバルでなければ噴飯ものの話だろう。
最新作『ペインアンドグローリー』は、自伝的要素を多分に含んだ映画で、アルモドバルのフィルモグラフィの中では比較的大人しめの作品と言えるかもしれない。しかし、アルモドバルの説明したがり癖は健在で、冒頭から主人公サルバドールがいかに健康不安を抱えているか、という事をCGを駆使して説明するシーンが長々と続き、観客を面食らわせる。正直、このシーンをここまで引っ張る事にどういう意味があるのかよく分からなかったが…とにかく、観客はこの場面でこのオッサンも背骨が痛かったり頭が痛かったり色々と大変だなあ、と否応なく納得させられるに違いない。この健康不安によって映画監督業を引退して引きこもり生活を続けていたサルバドールが自作の復刻上映を機会にかつての仕事仲間や友人、恋人と再会し、やがて映画監督としての自信を取り戻していく様を描いたパートと、サルバドールの少年時代(ペネロペ・クルスが肝っ玉母さんを熱演)を描いたパートが並置され、それぞれのパートがラストで見事に収斂する、という構成である。
こう説明してしまうと身も蓋もないほど分かりやすい。しかし、単に分かりやすいというレベルを超えた(いや、わかりやすいが故に、だろうか?)感動をこの映画はもたらしてくれる、と思った。サルバドールに投影したアルモドバルの半生は、劇中で一人芝居や映画、といった作中作の形を借りて語られていく。本来は自分にとってしか意味を為さない筈の記憶(pain)―それは発表するあてもなく書かれた手記としてパソコンのハードディスクに保存されていた―が、誰かに発見され、編集され、やがて普遍的な感動をもたらす創作物(glory)に姿を変える。その不思議さ、そして尊さをアルモドバルはメタフィクショナルな技法を使って情感豊かに描いていく。間違いなく、これまでのフィルモグラフィの中でも最高傑作だろう。アントニオ・バンデラスの抑制の効いた演技も素晴らしかった。

 

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こちらも映画監督が主人公のアルモドバル作品。ペネロペ・クルスが女優志望の娼婦を可憐に演じる。

 

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これもやっぱり挙げておこうか。アルモドバル作品の中で最も奇想に富んだ、というかめちゃくちゃいい加減な話。