事件前夜

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シュリーラーム・ラーガヴァン『盲目のメロディ~インド式殺人協奏曲~』

 

盲目のメロディ ~インド式殺人狂騒曲~ [Blu-ray]

盲目のメロディ ~インド式殺人狂騒曲~ [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: Happinet
  • 発売日: 2020/05/08
  • メディア: Blu-ray
 

ご承知の通り、インドは年間映画制作本数世界一位の映画大国である。しかしながら、その膨大な作品群のごく一部しか我が国では公開されていない。上映時間がやたら長くて、合間に歌と踊りが入って…というのが、我々がインド映画に抱いているイメージだが、それも極めて少ない公開作品の中から作り上げたものに過ぎない。実際には、インドでも様々なジャンル、様々な手法の作品が次々と作られているのだろうし、最近は『ガリーボーイ』の様な、私たちの固定観念を覆す作品も紹介され始めている。
本作の監督を務めたシュリーラーム・ラーガヴァンのフィルモグラフィを見ると、どうやらクライム映画を得意としている監督らしく、特に2015年公開の『復讐の町』の評判が非常に良かったようだ。で、そっちも観てみるか、と思ったら、日本ではソフト未発売なのでどうにもならない。結局、我が国のインド映画需要なんてその程度のものなのだろう。せめてデジタル配信ぐらい実現して欲しいものだが…
本当は眼が見えるくせに盲目のふりをして演奏を続けるピアニストが、ある日演奏依頼を受けて訪ねた豪邸で殺人事件の現場を目撃してしまう…このあらすじを読んで、ははあ、主人公は佐村河内守みたいな奴なんだな、と予想し鑑賞に臨んだ。障害者のふりをして人々の同情や関心を呼んで金儲けを企んでいるふてえ野郎だ、と思い込んでいたのである。しかし、実際は違っていた。主人公アーカーシュは、盲人として生活すれば、より音楽に集中する事ができるのではないか、というアーティストとしての探求心から盲目のふりをしていた、と劇中で説明されるのである。
何か呑み込みづらい設定ではあるが、まあ良いだろう。殺人事件を目撃したアーカーシュは、すぐ警察に駆け込むが、そこで事件の犯人が警察署長であった事を知り、何も言えなくなってしまう。犯人に本当は眼が見えていた事を知られたら、自分の命すら危うくなる。彼は、否応なく盲人のふりをし続けなければならない羽目に陥ってしまうのだった…
警察署長が犯人なんて書いちゃって、ネタバレじゃないか!と怒る方もいるかも知れないがご安心を。ここまではほんの導入部で、本作はこの後、とんでもない展開に向けて突っ走っていくのである。次々とクセのある人物が登場し、ツイストを繰り返して観客を翻弄するストーリーラインは、確かにクエンティン・タランティーノの作品に似ているかもしれない。あるいは、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』や『ユージュアル・サスペクツ』なんかがお好きな人も楽しめるのではないか。ラストの引っ繰り返しも気が利いている。
という訳で、『盲目のメロディ~インド式殺人協奏曲~』は、私たちがインド映画に抱いているイメージを覆す、洒落たクライム・ムービーに仕上がっている。しかし、エンドクレジットを最後まで観れば、本作がインド映画の長い歴史に敬意を払い、その系譜を受け継ごうとする作品である事が分かるだろう。作り手の意図を完全に理解するには、私たちはインド映画についての知識が余りにも乏しい、と実感させられた。

 

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こちらは聞こえるのに聞こえないふりをしていた人のお話。「現代のベートーベン」とまで称された佐村河内守ゴーストライター騒動以後の姿を追った、森達也によるドキュメンタリー。