事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

アレクセイ・シドロフ『T-34 レジェンド・オブ・ウォー〈ダイナミック完全版〉』

マトリックス』で使用され、話題を呼んだ「バレットタイム(被写体の周囲にカメラを並べ撮影する事で、低速ないし静止した被写体を中心にカメラアングルを動かすSFX技術)」は、準備に手間が掛かり過ぎるのと、撮影現場での柔軟な変更が難しい事もあって、現在はCG処理に取って代わられた様である。そもそも『マトリックス』で強烈なインパクトを観客に与えた、被写体の周囲でカメラアングルをグリグリ回転させる演出そのものが、最近はすっかり下火になってしまった。ハリウッドのアクション映画は、作り手が恣意的に映像の流れを操作していた『マトリックス』の時代を経て、同じキアヌ・リーブス主演の『ジョン・ウィック』シリーズの様にアクションからアクションへのシームレスな移行を重視する様になったからである。むしろ『マトリックス』的な演出法は、近年ますます映画に近づきつつあるビデオゲームの世界に活躍の場を移している様だ。
旧ソ連の代表的な戦車であるT-34ナチス相手に大暴れする、ロシア製アクション超大作『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』では、この「バレットタイム」を思わせる演出が多用されている。戦車の砲塔から砲弾が飛び出した瞬間に時間が止まって砲弾の周りをカメラがグルグル回ったり、真正面から撃ち合った砲弾がすれ違う瞬間を超スローモーションで見せたり、男の子であれば「イヤッホウ!」と歓声を挙げたくなるシーンが盛りだくさんだ。幼稚と言えばこんなに幼稚な演出も無いのだが、その割に戦車そのものの描写はリアルに仕上がっているので(装甲に砲弾がぶち当たった際に、耳をつんざく様な金属音が戦車内に響き渡って鼓膜が破れそうになる、といった描写は非常に新鮮だった)、戦争映画として押さえるところは押さえていると感じた。
現在は、ビデオゲームで使用される事の多い「バレットタイム」的演出を大々的に採用している本作だが、よく観るとそれ以外にもゲーム的な映像が取り入れられている事に気づく。主人公イヴシュキン率いる旧ソ連軍戦車部隊は、捕虜収容所で行われるナチスの戦車戦演習に駆り出される事となるが、その演習場全体を鳥瞰視点で提示したり、移動し続ける両軍戦車の位置関係を把握させる為に、シームレスに俯瞰視点に移行するといった演出は、ビデオゲームのTPSやRTSの全体マップ切り替えを思わせるものがある。この映画、各戦車がどう動き、どこから弾を撃ってきたのかといった空間の把握が非常に分かりやすく出来ているのだが、それはこうした演出のおかげだろう。
そういえば、全編がFPSの様な主観視点で展開するSFアクション映画『ハードコア』も、ロシアとアメリカの合作だった。ロシアの映画界はビデオゲーム的な演出を映画に取り入れる事に長けているのかもしれない。本作も、世界中で大ヒットした無料オンラインゲーム『World of Tanks』あたりから、ヒントを得たのでは、と想像する(かなり適当な事を書いているが…)。
それはともかく、ロシアでは空前の大ヒットとなり、日本でも熱狂的なファンが生まれている本作、エンターテインメントとして十二分の仕上がりだ。主人公イヴシュキンとドイツ軍イェーガー大佐の互いへのリスペクトを秘めたライバル関係も胸が熱くなる。ロシアといえばタルコフスキーとかソクーロフといったアート系映画の印象しかない方々(私だけかもしれないが)に、ぜひお勧めしたい。