事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

アンディ・ムスキエティ『IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。』

 

前作はすごく面白かったよね!数多あるジュブナイル・ホラーの中でも指折りの傑作と言っていい。具体的にどこが面白かったか、というと…実は、はっきり思い出せない。何せ、前作が公開されてから2年ぐらい経ってるのだ。今作では前作の主人公たちの27年後の姿が描かれているのだが、そもそもどんな奴がいたのかすら忘れてしまった。何か口の悪いメガネと内気なデブがいた事は記憶にあるが…
正直、歳をとると物忘れがひどくなって、数年前に観た映画の内容なんて覚えていられない。昨日、夕飯に何を食べたのかすら記憶が曖昧なのだ。仕方がないから続編を観る前に、前作をもう1度観ておさらいしておくか…と、いう方は多いと思う。しかし、今作に限ってはそのうろ覚えの状態で映画館に行って頂きたい。私の様に、前作は観たけれど内容を忘れてしまった、という方は、間違っても鑑賞前におさらいなどしない事だ。
こんな事を言うのも、本作『IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。』が、前作の出来事を所々で振り返り、初見の方でも何となく話の流れが掴める様になっているから、という理由だけではない。実は、27年経って立派な大人になったかつての少年少女たちは、前作で描かれた惨劇の記憶をほとんど失っているのである。彼らは故郷であるメイン州デリーに帰り、また新たな恐怖と遭遇する中で、27年前に何が起きたのか、徐々に思い出していく。つまり、主人公たちは私の様に頭のぼけた観客と歩調を合わせる様に、記憶を取り戻してくのだ。
これは、非常に上手い脚本だと思う。重厚長大化が激しい最近のエンターテインメント映画では、分作形式の作品も珍しくなくなったが、たいていは申し訳程度のダイジェストを冒頭に挿入するぐらいで、前作の内容を覚えていないお前が悪い、と言わんばかりにどんどん話を進めていく。私の様に物覚えの悪い観客は律義に予習復習をして映画に臨まない限り、「こいつは前作にも登場してたキャラかなあ…それとも新キャラかなあ…」とか「前作にそんな設定あったっけ…あった様な無かった様な…」とか、ぼんやりした気持ちで時間を過ごす事になる。ちょっとサービスが悪くないですか、こっちは前後編になったおかげで倍の料金を払うんだから、とも思うのだが、お前の頭が悪いからだろ、と言われると反論できなくなってしまう…これからの映画は、みんなこの方式を採用して欲しい。
それはともかく、本作が優れているのは主人公たちの記憶の喪失と回復、という仕掛けが、観客へのサービスとして機能するだけでなく、物語上重要なテーマになっている事である。前作において、主人公の少年少女たちは皆そろってドメスティックな問題に苦しんでいた。彼らが抱えていた不安や諦め、恐怖といったネガティブな感情が、殺人ピエロ、ペニーワイズという形で現前化した、と読み解く事も可能だったろう。しかし、それから27年が経ち、少年少女たちは大人になり、親元から離れてそれぞれの独立した暮らしを営んでいる。親の束縛から解放され、当時の苦い記憶も徐々に薄れ始めているだろう。長い歳月が心の傷を癒し、彼らは過去を乗り越え平穏な生活を送っている…いや、そんなに甘いものではない。
映画の冒頭で語られる通り、忘れたい記憶ほど、いつまでも心の中に居座っているものだ。それは、日常のふとした瞬間に蘇り、再び私たちを苦しめる。トラウマと言ってしまえば簡単だが、それはいつまでもそばを離れない、モンスターの様な存在なのである。前作に引き続き主人公たちの敵としてペニーワイズが登場するが、そこに込められた恐怖の質は異なっている。前作が今、ここにある恐怖だったとすれば、今作は過去から忍び寄る恐怖なのだ。「もう1度、会いたかった」と殺人ピエロはいやらしい笑みを浮かべながら囁く。
ペニーワイズを倒すには、彼らはもう1度少年少女に戻り、心の奥底に封印していた記憶と向き合わねばならないだろう。映画は登場人物毎にエピソードを用意し、その地獄めぐりを反復構造の中で描いていく。169分という上映時間はホラー映画としては少々長過ぎるが(まあ、そもそも原作自体が長い小説なのだが)、彼らが過去と対峙し本当の意味で恐怖を乗り越えるにはそれぐらいの時間が必要だったのだろう。

 

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とはいえ、前作未見の方はこちらを観てから今作に臨む事。以前に感想も書いています。