事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

クリストファー・ランドン『ハッピー・デス・デイ』

 

ジェシカ・ロース演ずる本作の主人公、ツリーは、普通のホラー映画なら真っ先に殺される様なビッチである。男出入りが激しく、学友とも打ち解けず、いつも不機嫌そうな顔で憎まれ口をたたいている。観客が「早くこんな奴ぶっ殺されればいいのに」と思うタイプのキャラクターだ。

で、実際にこのツリーは映画が始まって早々、マスクをかぶった殺人鬼に襲われ殺されてしまうのだが、その瞬間に時間がその日の朝に戻り、彼女は全てが夢であったかの様に眠りから目覚める。いかなる理由からか、彼女は「今日」が反復する世界に迷い込んでしまったのだ。ホラー映画のお約束を覆す、見事な幕開けである。

この反復世界のルールは2つある。ひとつは、ツリーが眠りから目覚めるところから「今日」は始まり、いかなる理由であろうと彼女が死んだ瞬間に時間が戻される。もうひとつは、繰り返される「今日」の出来事は、時間が戻っても記憶として蓄積される。こうして、彼女は何度も何度も何度も殺されながら、蓄積されていく記憶を頼りに殺人鬼の正体を突き止めようとする。

フーダニット・サスペンスにタイム・ループというSF設定を持ち込んだ本作のプロットは、西澤保彦のミステリー小説『七回死んだ男』を想起させる。この作品でも、時間がループする「反復落とし穴」に落ち込んだ主人公が、何者かに殺された祖父を助ける為に犯人探しに奔走する。時間が反復する度に主人公は手掛かりをもとに犯人の正体を推理して殺人を阻止しようとするのだが、推理に穴がありことごとく失敗してしまう。この試行錯誤の連続によって、読者は同一の事象から複数の論理を導き出す知的興奮を味わう事ができる。

さて、『ハッピー・デス・デイ』はこうした犯人探しの要素をスラッシャーに組み入れた作品で、例えばウェス・クレイヴンの『スクリーム』シリーズや本作でもオマージュを捧げているダリオ・アルジェント監督作など、過去にもこのジャンルでは数多くの傑作が作られてきた。ただ、純粋なホラー映画として観た場合、本作はその特異な設定が故に機能不全を起こしている。通常は主人公が殺人鬼から必死に逃げたり隠れたりする姿に観客はハラハラするのに対し、この映画ではツリーが殺人鬼に殺される事を私たちはもう知ってしまっている。その為、ホラー映画らしい演出を強調すればするほど、どうせまた死ぬんだろ、と興ざめしてしまうのだ。この弱点は作り手も意識しているのだろう、反復が重なるにつれツリーが死ぬ場面はどんどんぞんざいな扱いになり、映画はコメディ色を強めていく。

だから、実は本作の面白さはホラー映画としてのそれではない。何度も同じ「今日」を繰り返すことによって、ヤケクソ気味な「毎日」を送っていた女性が今を精一杯生きる事の価値を知り、ひとりの人間として成長していく。彼女の性格がひねくれてしまったそもそもの原因も、反復する時間の中で克服すべき問題としてしっかり描かれていて、ある「和解」のシーンでは思わず目頭が熱くなってしまった。つまり、『ハッピー・デス・デイ』はれっきとした青春映画なのである。その意味で、本作は前述した『七回死んだ男』も影響を受けたハロルド・スミス監督作『恋はデジャ・ブ』にテイストが近い。ラストでもその事がはっきりと言及されている。

それにしても、本作でのジェシカ・ロースの演技は見事なものだ。序盤のあからさまにビッチ然とした佇まいから、時間反復を重ねる事によって誰もが恋してしまいそうなチャーミングな女性へと変わっていき、最後にはサラ・コナーばりの戦う女へ変貌する。彼女がいなければ、この映画の成功も無かっただろう。

 

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ウェス・クレイヴンの快作メタホラー。フーダニット+スラッシャーのお手本とも言うべき作品。

 

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ビル・マーレー主演のロマンチック・コメディ。同じ日が何度も繰り返される世界に迷い込んだ主人公が、「今日」の大切さを知り徐々に人間的成長を遂げていく。途中でやけくそになった主人公がありとあらゆる手段で自殺を試みる場面は、『ハッピー・デス・デイ2U』でも踏襲されている。