事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

トレイ・エドワード・シュルツ『WAVES/ウェイブス』

近年、独創的で質の高い作品を連発し続けるアメリカの製作会社A24の新作『WAVES/ウェイブス』は、フロリダを舞台に現代のティーンエイジャーが抱える苦悩を描いた青春映画の恰好をとっているが、特筆すべきは登場人物たちの感情や物語の展開にマッチした挿入曲を30曲以上も使用している事である。基本的に、それらの楽曲は2000年代以降のポップ・ソングを中心にセレクトされ、ヒップホップやR&Bの他、オルタナティヴやインディーロックなど幅広いジャンルから集められている。このジャンルを無視したボーダレスな選曲は、音楽を聴く手段がCDからスマートフォンに移り、サブスクリプション・サービスが興隆を極める現代だからこそ可能となったものだろう。本作が「プレイリスト・ムービー」と謳われる所以である。もちろん、ウォークマンの登場以降、自分のお気に入りの楽曲を集めてオリジナルのミックス・テープを作る、といった経験は誰しも覚えがあるだろうし、様々なジャンルの楽曲をミックスして新たなフィーリングを創出するDJ文化が現在のポップ・ミュージックに与えた影響は計り知れない。しかし、サブスクリプション・サービスを中心とした現在の音楽の需要のされ方がそれらと決定的に異なるのは、ユーザーがたまたま聴いた楽曲が、レコメンドという形で他の楽曲といとも簡単に繋がってしまう事にある。ここでは、CDショップへ行って視聴をしたり、中古レコードショップで掘り出し物を探したり、音楽雑誌で情報を集めたり、といったユーザーの能動的な行為すら必要が無い。私たちは、その時々の気分に応じて音楽ジャンルという横軸もあるいは音楽史という縦軸も飛び越え、あらゆる楽曲に容易にアクセスする事が可能となった。ウォークマンの登場は、日常生活にサウンド・トラックをもたらしたと言われるが、それはサブスクリプション・サービスの登場によって、完全に実現したと言えるだろう。
であるからして、これまでは映像に付随してドラマを盛り上げていた音楽の役割をより拡大させ、俳優の演技や台詞と同じく登場人物の感情を表現する重要な手段として積極的に利用しよう、というのが『WAVES/ウェイブス』の監督であるトレイ・エドワード・シュルツの映画的野心である。ヴィヴィッドな色調を重視した本作の映像は観る者に鮮烈な印象を残すが、それだけでは物語を十分に伝えたとは言えない。ストーリーラインに沿って揺れ動く登場人物の感情と同期し、次々と移り変わっていくサウンド・トラックが、本作の最も重要なファクターとなっている。
アニマル・コレクティヴによる極彩色のポップ・ソング「FloriDada」で幕を開ける本作は、テーム・インパラの「Be Avove It」を経由し、徐々にヒップ・ホップやR&Bを中心とした楽曲構成に移行していく。フランク・オーシャンやケンドリック・ラマー、カニエ・ウェスト、H.E.Rといったラインナップからは、アフリカ系アメリカ人である主人公タイラーの日常が窺えるが、特に劇中で7曲もの楽曲が採用されているフランク・オーシャンによる、アンビエントなトラックとマスキュリンな価値観を否定するリリックは、タイラーに視点を置いた第一部とその妹エミリーに視点を移す第二部のどちらでも使用され、レディオ・ヘッドの「True Love Waits」と通底しつつ、映画全体のテーマを貫く基調音として鳴り響いている。
本作の特徴であるこの二部構成についても触れておこう。中盤に起こるある「悲劇」によって、それまで何不自由ない暮らしを享受していたタイラーが精神的に追い詰められ破滅に至るまでを息苦しいタッチで描いてきた物語はいよいよ極点に達し、その後の第二部ではエミリーを中心とする家族が絶望的な状態から徐々に心の平安を取り戻すまでの癒しの過程が描かれていく。タイラーの苦悩が深まるにつれ、画面のアスペクト比アメリカンビスタからシネスコープ、スタンダードと徐々に狭まっていった第一部に対し、第二部では物語の進行につれて徐々にアスペクト比が広がり、登場人物たちと同様に観客にも解放感をもたらしてくれる。この対称的な画面アスペクト比の変化からも分かる通り、第一部と第二部は前述の「悲劇」を中心として線対象を為している様だ。実際、第二部のエミリーのパートは、基本的にはタイラーのパートと相似関係にあり、エミリーとその恋人ルークが車で旅に出る場面や水中でキスをする場面は、第一部において仲睦まじいタイラーと恋人アレクシスの姿を描いた場面の反復である。映画の序盤で流れていたアニマル・コレクティブやテーム・インパラのサウンドが後半に至ってもう一度鳴り響くのも、この対称性を際立たせる為だろう。
しかしながら、第一部と第二部は正確な意味で線対象となっている訳ではない。例え兄と妹が同じ様な行動をとっていたとしても、その意味は前半と後半で大きく異なっている。世界の全てから祝福されているかの様な充足感と、その逆に世界中から忌み嫌われ孤立しているかの様な絶望感。ベースとなる感情が大きく異なっているが故に、「悲劇」を間に挟んだそれぞれのエピソードは相似形を成しながらも、細部に様々な差異を生み出していく。だから、第一部と第二部をひっくるめた本作の全体像は、ロールシャッハテストで使用される図像の様に、観る者によって全く異なった印象を与えるかも知れない。そのabstractでamphibolousな佇まいには、フランク・オーシャンの音がよく似合う。

 

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この映画も30曲以上のポップ・ソングをサントラに用意し、アクション・シーンをその楽曲とシンクロさせるという離れ業に成功していた。

 

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トレイ・エドワード・シュルツ監督は、A24製作でこれまでホラーテイストの作品を撮ってきた。こちらは、謎の伝染病が蔓延した世界で生きる家族の姿を描いたポスト・アポリカプス・ホラーだが、絶対的な家父長を中心とするdisciplineな家族体系が機能不全を起こす、というテーマは共通している。