事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

今こそ!春の伝染病映画祭り

せっかくの春休みだというのに、新型コロナウイルスの影響で、ライブやスポーツ観戦など大型イベントの中止が相次いでいます。一部の都市では週末の外出について自粛要請まで出されている事もあり、休日なのにどこにも出掛けられない、と嘆いている方も多いのではないでしょうか。かくいう私も、キム・ギドクの特集上映や「未体験ゾーンの映画たち2020」といった気になるイベントがあるにもかかわらず、映画館へ足が遠のいている状況です。春休み公開予定だった映画の公開延期が続々と発表されるなど、映画界にも新型コロナウイルスは多大な影響を及ぼしています。
映画館で映画が観れないならレンタルDVDでも借りるか、サブスクで面白そうな映画を探すか、という映画ファンもたくさんおられるのではないでしょうか。この閉塞した状況下で少しでも皆さんを勇気づけられる様に、おすすめの伝染病映画をここで紹介したいと思います。
 
第七の封印  <HDリマスター版> 【DVD】

第七の封印 <HDリマスター版> 【DVD】

  • 発売日: 2014/12/24
  • メディア: DVD
 

まずは、スウェーデン映画界の巨匠、イングマール・ベルイマンの名作をご紹介。ペストが蔓延しつつある中世ヨーロッパを舞台に、十字軍の騎士と死神が命を賭けてチェスの勝負を行う、という謎めいた物語が、いかにもベルイマンらしい静謐な映像の中で展開していきます。第七の封印、というのはもちろん聖書の黙示録から採られている訳ですが、神を求める騎士の旅路に次々と同行者(別に信心深いという訳でもなく、食いっぱぐれた役立たずばっかり)が増えていく過程は、まるでドラクエの様で(馬車で移動するのもそれっぽい)神学的なテーマの割に分かりやすいプロットになっています。ウディ・アレンがフェイバリットのひとつに挙げる名作です。

 

ロバート・ワイズアンドロメダ…』

アンドロメダ・・・ [Blu-ray]

アンドロメダ・・・ [Blu-ray]

  • 発売日: 2015/10/21
  • メディア: Blu-ray
 

ロバート・ワイズといえば、ミュージカルから戦争映画、ホラーや社会派ドラマまでとにかくありとあらゆるジャンルの映画を手掛け、それらが全て高いクオリティを保っているという、職人監督の代表みたいな人ですが、もちろん伝染病映画も撮っています。衛星にくっ付いて宇宙からやって来た未知のウイルスが人類に危機をもたらす、というSFパニックスリラー(マイケル・クライトン原作)ですが、ロバート・ワイズお得意のマルチスクリーンで次々と死体が映し出される導入部はホラー映画っぽいものの、中盤からは極秘研究施設でウイルスの正体を調査する科学者たちの姿がメインに描かれ、恐ろしく地味な話になっていきます。
レトロフューチャーかつスタイリッシュな美術も見どころのひとつですが、特筆すべきはウイルス感染を防ぐ為の減菌、消毒過程が異常なくらい生真面目に描かれていく点でしょう。研究施設は5層に分かれ、下層になるに従い減菌レベルが上がっていくのですが、研究者たちが階層を移動する度に、消毒液に浸かったり肌の表面を焼かれたり座薬を入れられたりする姿を見て、やっぱり手洗い・うがいぐらいはちゃんとしないとなあ、と誰しも思うはずです。

 

デヴィッド・E・ダーストン『処刑軍団ザップ』

処刑軍団ザップ HDニューマスター版 [DVD]

処刑軍団ザップ HDニューマスター版 [DVD]

  • 発売日: 2018/05/09
  • メディア: DVD
 

ダム建設により廃村寸前の村に、ヒッピーの若者たちが入り込み、悪魔崇拝の儀式を行ったり乱交したり、好き勝手やってる内に狂犬病に罹って気が狂っちゃったからさあ大変、というお話。一応、チャールズ・マンソン事件からヒントを得たらしいのですが、その手のカルトもの(モチーフとなっている悪魔崇拝はものすごく薄っぺらい描写しかされていませんが…)と、伝染病映画をミックスさせたという意味でエポック・メイキングな作品です。次に紹介するジョージ・A・ロメロの『ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』よりも早く、監督は「ロメロがパクった!」と怒っていたとの事。狂犬病に罹った患者が軒並み凶暴化し集団で襲い掛かる姿は、ほとんどゾンビと変わらないのでその手のホラー映画として楽しめますが、それにしても罹患者が全員、口から泡を吹きだしており、その泡がシェービング・クリームか何かにしか見えない、というのはどうかと思います。ちなみに、狂犬病に罹ったからといって、この映画みたいな症状が出る事はありません、念のため。

 

ザ・クレイジーズ [Blu-ray]

ザ・クレイジーズ [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/12/11
  • メディア: Blu-ray
 

ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロが『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』と『ゾンビ』の間に撮ったパニック・ホラー。アメリカのとある田舎町に軍の輸送機が墜落し、積まれていたトリクシーと呼ばれる細菌兵器が流出してしまったからさあ大変、というお話。2010年にはリメイクもされています。
このトリクシーに感染すると、性格が凶暴になったりスケベになったり、とにかく理性がぶっ飛んでメチャクチャやりだすので非常に困る訳です(感染の進行度や症状やが個人によってまちまちなのがこの映画の面白いところ)。その為、政府と軍は町を完全に隔離して、最終的には面倒だから原爆でも落としてすっきりするか、というやけくそな作戦まで検討し始めるのでした。国家が安全保障という名目で私権をはく奪する有り様を、ロメロらしい批判的な視線で描いています。次に紹介する『アウトブレイク』に影響を与えたと思しき低予算B級映画の佳作です。隔離された感染者が大挙して逃げ出そうとする終盤の場面など、後の『ゾンビ』を思わせます。

 

ジョルジ・パン・コスマトスカサンドラ・クロス

カサンドラ・クロス [Blu-ray]

カサンドラ・クロス [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/09/04
  • メディア: Blu-ray
 

 ランボー/怒りの脱出』や『コブラ』で有名なジョルジ・パン・コスマトス出世作。日本でもヒットし、挿入歌の「カサンドラ・クロス 愛のテーマ」のレコードが発売されたりしました。これが本当にいい曲なんですが、映画の内容とあんまり関係ないような…
新種の伝染病に罹患したテロリストがジュネーヴからストックホルム行きの大陸横断鉄道に逃げ込みます。普通だったら、すぐに列車を停めて犯人を拘束、乗客を隔離しなければなりませんが、伝染病が蔓延した列車を自国内で停車させる事を各国が嫌った為に、列車はポーランド国内にある老朽化した橋「カサンドラ・クロス」に向かってひたすら走り続けます。何となく、日本でも問題になったクイーン・エリザベス号を想起させる展開です。ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』同様、白い防護服姿の男たちに影で世界を動かしている顔の見えない権力の不気味さを象徴させています。暴力描写は比較的控えめですが、ラストでいきなり鉄骨が腹にぶっ刺さるシーンが出てきてびっくりします。

 

ウォルフガング・ペーターゼンアウトブレイク

アウトブレイク [Blu-ray]

アウトブレイク [Blu-ray]

  • 発売日: 2010/04/21
  • メディア: Blu-ray
 

伝染病の世界的大流行、いわゆるパンデミックを扱った映画としては、やはりこの映画がエポック・メイキングでしょう。「モターバ・ウイルス」という架空のウイルスが登場するフィクションでありながら、元々は、エボラ出血熱の感染危機を追ったノンフィクション『ホット・ゾーン』の映画化として進められていた事もあり、感染拡大の過程や徹底した隔離政策など、リアリティを重視した描写が特徴です。
ウイルスの宿主である猿、というマクガフィンを導入する事で、政府が感染拡大した街を気化爆弾で吹っ飛ばすまでに、猿を見つけて血清を作らねばならない、というタイムリミット・サスペンスへなだれ込んでいく手つきはさすがに手慣れたもので、パンデミックをテーマにしたエンターテインメントとして、後続の映画に与えた影響は大きいと思います。

 

ハーマン・ヤウ『エボラ・シンドローム 悪魔の殺人ウィルス』
エボラシンドローム~悪魔の殺人ウイルス~ [DVD]
 

八仙飯店之人肉饅頭』のハーマン・ヤウアンソニー・ウォンが再びタッグを組んだ、鬼畜ド変態パニック・ホラー。こちらは、『アウトブレイク』と異なり実際のエボラ出血熱をテーマに扱っていますが、その下品かつインモラルな描写に良識のある人が観たら卒倒する事でしょう。エボラウイルスに感染した主人公カイがアフリカやら香港でウイルスをばら撒く、というのが基本的なプロットですが、このカイという中年男はエボラと一緒にトリクシーにも感染しているのか、というぐらい自分の欲望に忠実で、給料が安いのに腹を立てて勤め先の主人を惨殺した上、その妻を強姦(その後はもちろん殺す)、更に死体をミンチにしてハンバーグを作って皆に振る舞うナイスガイです。
彼は一千万人に一人しか存在しない、エボラウイルスに対する免疫を持った男なので、自分が感染している事を知りません。ですが、行く先々で娼婦とナマでSEXしたり、そこら辺にツバを吐いたり鼻クソをなすり付けたりするので、どんどん感染者が拡大していきます。己が感染者だと知ったカイが、みんな道連れだと言わんばかりに自分の血を人に吹きかけながら街を練り歩くクライマックスにインスパイを受けた愛知県在住の男性がいた事は有名です(嘘)。

 

スティーヴン・ソダーバーグコンテイジョン

コンテイジョン [Blu-ray]

コンテイジョン [Blu-ray]

  • 発売日: 2012/09/05
  • メディア: Blu-ray
 

スティーヴン・ソダーバーグによる、パンデミックを扱ったサスペンス・スリラー。2011年公開の作品ながら、今観るとその予見性に驚かされます。『アウトブレイク』より更にリアリティを増した描写の数々は、まさに私たちが毎日ニュースで見ている現実そのものではないか、と錯覚するほどです。SNSや動画配信サイトによって拡散するデマや中傷、食料品や薬を求めてスーパーに押し寄せる人々など、この作品をトレースしているかの様な我が国の状況を見るにつけ、暗澹たる気持ちになってきます。
ここでは、『アウトブレイク』のダスティン・ホフマンの様なヒーローは存在しません。ただただ、非常事態下にむき出しになる人間のエゴや醜さが描かれているだけです。デジタルカメラで撮影した平板な映像は個人的に好みではないのですが、今観ておくべき作品である事は間違いないでしょう。

 

キム・ソンス『FLU 運命の36時間』

FLU 運命の36時間 Blu-ray

FLU 運命の36時間 Blu-ray

  • 発売日: 2014/05/28
  • メディア: Blu-ray
 

徹底したリアリズムにこだわった『コンテイジョン』に対し、韓国映画らしいエクストリームな展開が楽しめるのがこの作品。 他国からの不法移民によって韓国内にウイルスが持ち込まれる、という導入部はいかにも現代的ですが、その後は主人公やヒロインも含め、あまりにも極端かつ無謀な行動に突っ走るので唖然としてしまいます。特に、軍が感染者の遺体をUFOキャッチャーみたいにクレーン車で掴んで穴に放り込み、ガンガン焼却していく場面には、北朝鮮でもそんな乱暴な事しないだろ、と笑ってしまいました。ただ、根底にあるのは政治権力やアメリカに対する拭えない不信である事は間違いないでしょう。治療を求めて行進する感染者たちに軍が銃を向けるクライマックスが、光州事件を想起させるのは偶然ではないのです。ちなみに、マ・ドンソクが出演していますが、素手でウイルスと戦ったりはしません。

 

深作欣二復活の日

復活の日 4K Ultra HD Blu-ray

復活の日 4K Ultra HD Blu-ray

  • 発売日: 2017/12/29
  • メディア: Blu-ray
 

小松左京が1964年に発表した同名小説を、映画製作に乗り出した角川が邦画としては20億円以上の予算を掛けて映画化した作品。監督は名匠、深作欣二。1960年代にここまで予見に満ちた物語を生んだ小松左京の想像力には驚嘆しますが、これだけの大作をきっちりとまとめ上げた深作欣二の手腕に賛辞を贈るべきでしょう。深作欣二は過去に『宇宙からのメッセージ』という和製スペースオペラも監督していますが、こうしたジャンルに挑戦した邦画にありがちな安っぽさが全く感じられません。本作は特に、木村大作による雄大な撮影も見どころのひとつ。アメリカもソ連も壊滅し、冷戦体制そのものが瓦解したにもかかわらず、自動報復装置による核ミサイルの発射に震えおののく人々の姿は、私たちが決して過去の過ちから逃れられない事を暗示しています。 

 

瀬々敬久『感染列島』

感染列島 [Blu-ray]

感染列島 [Blu-ray]

  • 発売日: 2009/07/24
  • メディア: Blu-ray
 

もうひとつ、邦画をご紹介。瀬々敬久監督によるこの作品は、『コンテイジョン』よりも早い2009年に公開されています。この作品の特徴は、伝染病が蔓延する日本で市民病院の医師を主人公に立てた事でしょう。妻夫木聡演じる主人公は、あくまで一介の意志であり、現場の最前線で患者の治療にあたります。そこで直面するのが、感染者の爆発的な増大による医療崩壊です。人員、病床、人工呼吸器の不足といった、現在の私たちが直面している問題が、2009年の映画で既に予見されていたのです。ただ、本作は主人公が働く治療現場のリアルな描写と、ハリウッド映画を露骨に模倣した様な都市崩壊の描写にギャップがあのが難点。主人公が「この命だけは絶対に救うんだ!」みたい事を叫んで頑張っている外では、暴動は起きるは放火は起きるは、マッドマックスみたいな風景が広がっているので、何で主人公がそんなに必死になっているのかよく分からなくなってくるのでした。「ウイルスと戦うのではなく、付き合っていくべきだ」とか、重要なメッセージが込められているのに、それを活かす事ができずウェットな展開になだれ込んでいくのが惜しい。

 

フェルナンド・メイレレスブラインドネス

ブラインドネス [Blu-ray]

ブラインドネス [Blu-ray]

  • 発売日: 2009/04/03
  • メディア: Blu-ray
 

こちらは少し変わり種。ノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの小説『白の闇』を『シティ・ブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレスが監督したパニック・スリラーです。謎の伝染病によって人々の眼が見えなくなる、という設定は、ジョン・ウィンダムSF小説『トリフィド時代―食人植物の恐怖』、あるいはその映画化である『人類SOS! トリフィドの日』に先例がありますが、共通して言えるのは、世界中の人々が視力を失う世界を舞台に、何らかの理由によって失明せずに済んだ人物を主人公に選んでいる事です。そりゃまあ、登場人物が全員盲人だったら映画にならない訳ですが、本作では眼が見える、という事が、見たくないものまで見えてしまう、という受難として描かれているのが特徴でしょう。物語前半の舞台となる、感染者を押し込めた隔離施設は、患者たちの自治に委ねられている(要するに放置されている)のですが、自由を奪われた人々の精神は徐々に荒廃し始め、やがて凄惨な地獄絵図が展開していきます。ジュリアン・ムーア演じる主人公は、そのあさましい事態から決して目を背ける事が許されていません。彼女は世界でただ1人、ありのままの現実を目撃し記憶する、カメラとしての役割を担わされた人物だからです。
しかしまあ、そんな事はどうでもよくて、本作で特筆すべきは映画の序盤に映し出される木村佳乃の足!ジュリアン・ムーア主演の映画でいつも感じる物足りなさ(お色気成分が期待できない)を埋めてくれる美脚には感謝するしかありません。

 

 ジョン・スーツ『PANDEMIC パンデミック

PANDEMIC パンデミック [DVD]

PANDEMIC パンデミック [DVD]

  • 発売日: 2016/06/22
  • メディア: DVD
 

何とも直球勝負のタイトルですが、パンデミックをテーマにしているとはいえ、 感染者は病状が進むと次第に理性が失われ凶暴化する、という事になっているので、最終的にはそこら辺のゾンビ画街と何も変わらなくなります。ただ、本作は全編を通じてPOV方式で撮られているのですが、感心したのは主人公たちが着用する防護服のヘルメット全てにカメラが取り付けられていて、そのカメラを通した映像によって物語が語られる、という構成になっている事です。これによって、複数人物の視点の切り替えがPOV方式の恰好を保ったまま可能となり、例えば対話場面ではPOV方式ではあまり例のない、ショットの切り返し、といった演出がされています。その為、普通の映画に近い感覚で見られる…まあ、それだとPOV方式を採用する意味がほとんど無いような気もしますが…

 

まとめ 

結局、伝染病映画とは眼に見えないウイルスをどの様に「敵」として描くか、という工夫の歴史だったと思います。例えば、F・W・ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』に登場する吸血鬼は、ペストのメタファーでもあったのですし、ホラー映画最大のスターであるゾンビについても伝染病のイメージが付与されている事は言うまでもありません。
ここで紹介した映画も、様々な手法によってウイルスを可視化する試みが行われています。『第七の封印』の死神はもちろん、『アウトブレイク』の猿は、伝染病を象徴する存在として登場します。もちろん、伝染病である以上、感染者を病原体そのものと同一視する、という非常に危険な見方もできる訳です。それを最もインモラルな観点から描いたのが『エボラシンドローム 悪魔の殺人ウイルス』だと言えるでしょう。
ここで紹介した以外にもエリア・カザンの『暗黒の恐怖』とかロジャー・コーマンの『赤死病の仮面』、邦画だと『感染列島』など、様々な伝染病映画が存在します。より良いパンデミック・ライフを送る為に、皆さんも探してみてはいかがでしょうか。それでは!