事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

内藤瑛亮『許された子供たち』

 

内藤瑛亮監督作品では『ミスミソウ』と『パズル』しか観ておらず、本作と同テーマを扱った『先生を流産させる会』は未見のままである。タイトルからして相当ヘビーな話であろうと想像され、なかなか観る勇気が出ない。しかし、そんな私でも『ミスミソウ』は傑作だと思った。胸糞の悪くなる展開とルチオ・フルチばりのゴア描写をふんだんに盛り込みつつ、リリカルな青春映画として成立させた監督の手腕は感心するしかない。ただ、『ミスミソウ』にせよ『パズル』にせよ、なぜ登場人物たちが目を背けたくなる様な凄惨な暴力に身を投じたのか、その動機がいかにもありふれていて少々物足りなく感じたのも事実である。原作付きの作品という事もあるし、分かりやすいエンターテインメントとして成立させる為に仕方のない面もあったのだろうが。
『許された子供たち』では、主人公の市川絆星が同級生をボウガンで殺した動機について、劇中で明確な説明が為される事はない。『ミスミソウ』や『パズル』の様に、復讐であるとか家庭内暴力、歪んだ家族関係といった飲み込みやすい原因も用意されていない。確かに、黒岩よし演じる母親との間には共依存的な関係が見い出せるが、絆星が小学校時代にいじめを受けていた、という事実を踏まえれば、それほど異常な関係性とも言い切れないだろう。絆星が唯一心を許す相手である同級生の桃子に自分の罪を告白する場面が映画の中盤に用意されているが、肝心の動機そのものについて彼は「確かにあったはずだけれど、今はもう忘れてしまった」と嘯くのみだ。しかし、実はその動機は映画全体を通して提示されている。本作が素晴らしいのは、誰もが興味を持つに違いない、そもそもの事件の動機について、観客が安心できる様な説明を与えず、視線のドラマとして示している点にある。
映画は最初から、主人公の絆星が他人と目を合わせるのを極度に恐れている事を繰り返し描く。おそらくは子供たちが作ったものであろう、田園に並べられた案山子を絆星とその悪友たちが悪戯するシーンから物語は始まるが、それまで悪友たちの狼藉を冷めた目で見ていた絆星は、たまたま通り掛かった少女に自分が視線を向けられている事に気づいた瞬間に逆上し、悪友たちが呆気にとられるほど暴れ始め、案山子を破壊し尽くす。この後に続く最も重要な場面、絆星が同級生を殺めてしまう河川敷のシーンでも、ボウガンを向けられた少年がまっすぐに自分を見つめている事に恐怖を覚えたからこそ、彼はボウガンの引金を引いてしまったのだ。要するに、放たれたボウガンの矢は、決して人に視線を向ける事のできない絆星にとっては視線の代替物なのである。息子を溺愛する母親と絆星がカラオケに興じる場面が、この映画には度々描かれるが、その際に母親と息子が隣同士に座り、決して視線を合わせない位置関係にある事に注意したい。そもそも、歌詞が表示されるモニターを見る必要のあるカラオケは、それに参加する者たちが視線を合わせる事の少ない娯楽である。また、対面に座って母親や桃子と将棋をする場面でも、絆星は盤面に目をやったまま決して対戦者に目を向けようとはしない。映画の後半、絆星が遺族の元へ謝罪に訪れる場面においても、決して被害者の遺影と目を合わせる事のできない彼の態度を遺族に難詰される。罪と罰をめぐる物語において、こうした謝罪が加害者と被害者にささやかな救いをもたらすのだとすれば、眼の前の対象を見つめる事ができず、暴力によって視線の肩代わりをさせてしまう少年の特性は、絆星を精神的な救いからも遠ざけてしまう。他者からの視線を恐れ続ける少年が、自身の罪が少年審判で無罪になった事をきっかけに、社会からの視線を一身に浴びる存在になってしまった点に、本作の悲劇はあると言えよう。確かに法的には許されたのかも知れないが、他者の視線は決してその罪を許す事がない。スクリーンを埋め尽くす匿名掲示板やSNSの言葉は、まさに絆星の身も心も貫く矢となって彼とその家族に降り注ぐ。
本作において、例外的に絆星と見つめあう事を許された存在があるとすれば、それはボウガンで殺された同級生の亡霊である。Jホラー的な演出が為されているとはいえ、亡霊が精神的に疲弊した絆星の見る幻覚だと想像する事はたやすい。しかし、被害者の少年は確かな現実感を伴って絆星の前に現れ、その場合にだけ絆星との視線のやり取りを示す切り返しのショットが挿入される。言わば、絆星は生者からの視線を恐れるあまり、死者からの視線に魅入られてしまったのだ。
社会的な正しさ、などというものを押し付ける事を忌避する本作において、観客が安心できる結末などはなから用意されていない。栄華の最終盤、母親と喫茶店で対話する場面で、初めて絆星は自身の見た夢を語り、再生の意志と共に母親を正面から見据えようと試みるが、それすらも母親から冷たく拒否されてしまう。横並びに歩く母と息子が、視線のやり取りを一切交わす事なく、吸いかけの煙草を受け渡すラストシーンで、私たちは他者との間に黒々と口を開けた断裂の底知れぬ深みに戦慄する。

 

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