事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

グレタ・ガーウィグ『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』

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https://www.storyofmylife.jp/

ルイーザ・メイ・オルコットの『若草物語』は、現在も多くの人に読み継がれてきた児童文学の傑作であり、ハリウッドでも過去に何度も映画化されてきた。その中では、ジョージ・キューカーによる1933年版、マーヴイン・ルロイによる1949年版が有名だろうか。私としては、1987年からフジテレビで放映されたアニメ版『愛の若草物語』が思い出深い。このアニメで初めて『若草物語』に触れた、という人も多いのではないか。といっても、40代~50代のおっさんに限定される話だが…
意外と知られていない事だが、オルコットの原作小説は4部作にまたがる長大な物語で、私たちが様々な映像作品で親しんだ物語はだいたい第1部と第2部を組み合わせたものになっている。第3部以降は、ジョーが叔母から遺贈されたプラムフィールドで開いた学園を舞台にした物語となっているので、それまでの話とは少々毛色が異なる。マーチ家の四人姉妹の幼少時代を描いた第1部と、彼女たちが成長しそれぞれの道を歩みだす様を描いた第2部をセットで描く、というのがひとつながりの物語としてはやはり座りが良いのだろう。
女優として活躍する傍ら映画製作にも乗り出し、初の監督/脚本作品『レディ・バード』が絶賛を浴びたグレタ・ガーウィグの新作も、基本的にはこの構成を踏襲している。しかし、原作の第一部と第二部を時系列に沿って描いてきたこれまでの映像化作品に対し、ガーウィグは大胆な翻案を行っている。作家修行の為に渡米したジョーが原稿を出版社に持ち込む場面から始まる本作は、原作の第二部にあたるストーリーをメインに据えつつ、第一部で描かれている幼年時代のエピソードをフラッシュバック的に挿入する、という構成を採用しているのだ。これは非常にチャレンジングな試みだが、誰もが知っている古典的名作を映画化するにあたり、今さら過去作と同じ様に描いたところで仕方がない、という思いもあったのだろう。では、この改変はどの様な効果を映画にもたらしたのか。
基本的に、原作及びこれまでの映像化作品では、「慎ましくも楽しい我が家」といった趣のあるマーチ家の運命の変転を細やかなエピソードの連なりで描いていた。読者や観客は四人姉妹を中心とするマーチ家の人々に寄り添いながら、彼女たちの成長を追い掛けていた訳だ。しかし、本作ではその「慎ましくも楽しい我が家」を描くエピソードが、既に過ぎ去った過去として回想されていく。今は貧しくてもその先には明るい未来が待っている、と信じていた幼年時代と、現在の境遇の残酷な対比。私たちが子供時代を思い出す時に感じる、苦みを伴った喪失感が本作では強調されていると言えるだろう。四人姉妹それぞれの描き方についても、思い描いた未来とは異なる場所に辿り着いてしまった者の苦悩が印象的に描かれている。ジョーは生活の為に三文小説を書き飛ばしている間に作家的な方向性を見失い、画家になる為に叔母と一緒に渡欧したエイミーは、自分自身に画家としての才能が無い事を既に知ってしまっている。家庭教師のジョンと結婚したメグは、爪に火を灯す様な生活に耐えられず、家計も省みずに散財してしまう。彼女たちの苦悩は、他者に対する拭えないコンプレックスやいったい自分とは何者なのか、という根源的な問いに基づいており、その意味で本作は『レディ・バード』と同じテーマを扱っていると言える。もちろん、ここには社会的自立を目指す女性たちの前に立ちふさがる様々な障壁や、夫への経済的従属を強いられる不平等な社会への告発が込められてもいるだろう。オルコットの原作小説でも女性が自分らしく生きる事の難しさとその素晴らしさが、ジョーという存在によって体現されていたが、ガーウィグはそのメッセージをより強調する為に、上述のアダプテーションを行ったと言える。
というのも、本作の終盤にはあるメタフィクション的な仕掛けが挿入されており、そこでグレタ・ガーウィグは、男性の読者や観客が好む物語やその結末に痛烈な皮肉を浴びせているからだ。そして、後年には女性参政権を主張し投票権を獲得するに至った『若草物語』の作者、ルイーザ・メイ・オルコットに女性解放運動の端緒を見出してもいる。こう書くと、何やら作り手の主張ばかりが前面に押し出された映画の様に思えるかもしれないが、本作はオルコットが小説に忍ばせたメッセージをより輝かせる為に原作のエピソードを丁寧に掬い取り、周到に考え抜いた上で135分という上映時間の中に配置構成している。その見事な手腕にはただただ驚嘆するしかない。
 
あわせて観るならこの作品

 

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グレタ・ガーウィグの名を一躍知らしめた作品。決して分かりやすい解釈に落とし込まずに、誰もが青春時代に感じた筈の苦悩や喜びを鮮烈に描ききるグレタ・ガーウィグの手腕は本作でも発揮されている。以前に感想も書きました。

 

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とはいえ、クラシックな映画化作品も良いものです。こちらは『オズの王使い』を手掛けたマーヴイン・ルロイによる1949年版。