事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

クリス・サンダース『野生の呼び声』

原作はジャック・ロンドンによる冒険小説の古典的名作である。その為、今まで何度も映像化されているのだが、私はそれら過去作品を1本も観た事がない。本作を鑑賞する前に予習をしておくかと思い立ち、ネットで調べたところ、どの配信サービスでも見当たらなかった。1972年版のチャールトン・ヘストン主演『野生の叫び』はそもそもDVD化されておらず(海外にはあるのかもしれない)、クラーク・ゲーブル主演の1935年版はDVDが発売されているものの、近所のレンタルビデオ店へ行っても置いていない。もちろん、お金が無いのでわざわざ買う事もできない。せっかく、新作が公開されるのだから、旧作ももっと観やすい環境にしてくれたらいいのに…と、そんな事を思いながら映画館に出掛けた。
少し前に原作小説を読んだ記憶があるが、本作のストーリーは基本的には原作に忠実なものになっている。ネットであらすじを調べた限り、過去作の筋書きは色々と改変が加えられていて、特に主人公バックの飼い主が次々に代わり、その度に新たな苦境に立たされる、という展開が整理され、最後の飼主であるソーントンとバックの関係性に焦点が当てられている。クラーク・ゲーブルチャールトン・ヘストンといったスター俳優が演じている事情もあったのだろう。その点、本作がハリソン・フォードという大スターをソーントン役に迎えながら、あくまで原作どおりの展開にこだわったのは、評価すべき点である。撮影がヤヌス・カミンスキーという事もあり、アクション描写もすっきりとまとまっていて分かりやすい。
それはまあいいとして、問題は犬だ。本作に登場するバックは何と全てCGで作成されており、アクションについてもシルク・ドゥ・ソレイユのダンサーがモーション・キャプチャーで演じているというのだ。ディズニーはフルCGで『ライオン・キング』をリメイクしたばかりだから、そうしたノウハウも持っているのだろうが、それにしたって犬ぐらい用意できただろう。もちろん、本物の犬を使う事が動物虐待に繋がるのでは、という懸念があったのかもしれない。確かに本作は、雪の中を橇を引かせたり鞭打ったり、犬にとっては過酷な撮影になった気もする。
いかなる理由にせよ、映画の主人公であるバックをフルCGで作る、という判断を下したのならそれはそれでかまわない。理解しがたいのはそのCGで作られた犬にまるで人間の様な演技をさせている事だ。嬉しい時は嬉しい顔を、哀しい時は悲しい顔を、という風にCG犬バックはそのシチュエーションに応じて、まるで人間の様に豊かな表情を見せる。夜空の下、息子の早すぎた死を述懐するソーントンに、同情した顔でそっと身を寄せるバックの姿を見て、私は「この映画はもしかすると、人語を理解するエイリアンが犬に取り憑いて地球を侵略しようとする『SF/ボディ・スナッチャー』みたいな話なのか?」と思ってしまった。
これが『キャッツ&ドッグス』みたいな、完全に架空のSF世界を舞台にした映画だったら分かる。しかし、本作は私たちと同じ世界を舞台にしていているのだ(もしかすると違うのだろうか…)。確かに、原作小説は犬を擬人化した描写が特色ではあったが、それをそのまま実写で再現したら違和感しか残らないだろう。
「別にそんな細かい事いーじゃん!犬がカワイかったらさあ!」という方もおられるかもしれない。だけど、犬でも猫でも基本的に動物ってのは無表情なもんじゃないですか?確かに、ペットが悲しそうだったり嬉しそうだったり、そんな風に見える事もある。ただそれは、飼主側がペットに感情移入して、人間だけが持っている感情(そもそも、喜怒哀楽なんて人間が定義したものだし)を、動物の中に勝手に見出しているだけでしょ。それが悪いって言ってるんじゃなくて、だからこそある瞬間、ペットと心が通じ合ったって思えるんじゃないですか?
要するに何が言いたいかというと、映画の中に登場する動物に喜怒哀楽を表現させたいのならば、それは動物じゃなくて、その傍にいる人間の演技に掛かってるんじゃないの、という事なのだ。本作でのハリソン・フォードの演技を見ればそれはすぐに分かる。ハリソン・フォードは、飼犬が表情をコロコロ変えるCG犬ではなく、たとえ本物の犬であったとしても、その犬が悲しんだり喜んだりしている「様に見える」演技をちゃんとやっているのだ。それなのに、わざわざCGで犬の表情まで作り込んでしまうから、全てがトゥー・マッチになって砂糖菓子の様な甘ったるい映画になってしまった。原作の魅力でもあった、犬が主人公のハードボイルド小説と言ってもいいぐらいのドライな雰囲気が損なわれている。まあ、ディズニーのファミリー映画としては別にこれでいいのかもしれないが、だったら実写じゃなくてフルCGアニメで作れよ、と思ってしまう。
これからの映画は全て、本作の様なCGで作られた動物しか登場しなくなるのではないだろうか。どうやら本当に、私たちは知らない間に人語を解する動物型エイリアンに侵略されつつある様だ。

 

あわせて観るならこの作品

 

本物の犬を使った映画で、最近一番驚いたのはこれ。人間と犬の心を通わせる、その神秘性を体現したラストが素晴らしい。以前に感想を書きました。

 

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今だったら、これも動物虐待とかで大炎上してただろうな…