事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

マイク・フラナガン『ドクター・スリープ』

 

『シャイニング』という恐ろしい物語を、私たちは少なくともふたつ知っている。
ひとつはモダン・ホラーの巨匠、スティーヴン・キングが古典的なゴースト・ストーリーを現代に蘇らせた小説として。もうひとつは、天才監督スタンリー・キューブリックがキングの原作を基に独自の解釈を施したホラー映画として。このふたつの物語は、どちらも素晴らしい出来であるにもかかわらず、その内容があまりにも異なっていた事、キングが内容の改変に激怒し酷評した事から、不幸な分裂状態が続いていた。キングが36年もの時を経て、『ドクター・スリープ』という続編を執筆したのも、『シャイニング』という物語をキューブリック映画の原作、という位置から小説の側へ奪還しようとする試みだったに違いない。
小説ではキューブリック版『シャイング』の内容を完全に無視している。これはキングの立場からすれば当然の事だろう。しかし、映画となるとそうはいかない。何しろ、相手はホラー映画史に燦然と輝く傑作なのだ。当然、観客も映画版『シャイニング』の続編を期待している。映画版『シャイニング』を完全に無視した小説版『ドクター・スリープ』を原作としながら、映画版『シャイニング』を観た人々に向けてその続きを物語る―映画版『ドクター・スリープ』はこの矛盾した課題をクリアしなければならないのだ。
監督マイク・フラナガンはこの不可能とも思える試みに果敢に挑み、見事に成功している。本作には、キューブリックが私たちに植え付けた鮮烈なイメージ―ホテルに向かって疾走する車を俯瞰で捉えたショット、三輪車に乗ってホテルの廊下を進むダニーをステディカムで追うシーン、バスルームのシャワーカーテンの陰から現れる腐乱した女、ホテルの廊下に溢れ出す大量の血、不気味な笑みを見せて佇む双子の姉妹、ドアに穿たれた穴から中を覗き込む顔―を、あからさまに引用する。いくら続編とはいえ、他人の撮った映画のシーンをここまでコピーした作品というのは前代未聞ではないだろうか。
もちろん、これらは単なるファンサービスというレベルに留まっていない。本作が素晴らしいのは、こうしたキューブリックへのオマージュが、映画版『ドクター・スリープ』の物語を構成する、重要なピースとなっている事である。特にダニーがローズ・ザ・ハット(レベッカ・ファーガソン最高!)と対決するクライマックシーンは、その馬鹿々々しさも相まって、本作一番の見どころと言えるだろう。ネタバレになるので詳しくは言えないが、私は何かポケモンみたいだな、と思った。本作は、ダニーが『シャイニング』で受けた心の傷と戦い、乗り越え、やがて征服するまでを描いた、癒しの物語なのである。
40年という長い歳月を経て、キング版『シャイニング』とキューブリック版『シャイニング』は、幸福な結合を成し遂げた。その媒酌人を見事に務め上げた、才人マイク・フラナガンに最大級の賛辞を贈りたい。

 

あわせて観るならこの作品

 

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スタンリー・キューブリックによるホラー映画の金字塔。必ず、この作品を観てから本作に臨む事!

 

『シャイニング』の完コピといえば、こちらが先。見比べてみるのも一興かと。以前に感想も書きました。