事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

アン・リー『ジェミニマン』

 

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ウィル・スミス演じる暗殺者が、クローン技術によって生み出された若き日の自分と対決する、という風変わりな設定が話題の本作、何と映画に登場する若い方のウィルスミスは、全てCGで作られているらしい。普通に考えれば、どちらの役も本人に演じさせ、片方を若く見える様にCGで修正する、という手法の方が時間も金も掛からないと思うのだが(実際、このCGの製作費用はウィル・スミスの出演料の2倍掛かったらしい)、とにかく本作は人間の俳優とCGで作られた俳優をスクリーンに共存させる、という史上初の試みに特化した作品だと言える。監督のアン・リーは『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』の中でもCGで再現した虎を登場させていたが、今回は対象がより動きの複雑な人間で、しかも比較されるべき本人と共演させるというのだから、本作がいかにチャレンジングな作品であるかが分かるだろう。
そして、その試みは見事に成功している。もちろん、演技そのものは本人のアクトをキャプチャーしているのだろうが、筋肉の動きや表情の変化などに作り物めいた違和感が全くない。特に本作では、自らが人造物である事に逡巡するクローン人間、という非常に複雑な演技をCGにさせている訳である。これは技術の進化はもちろんだが演出面での努力の賜物でもあるだろう。ど派手なアクションだけでなく重厚な人間ドラマも得意とするアン・リーの面目躍如と言っていい。
そして、CG俳優の自然な動きに一役買っているのが、本作で初めて取り入れられた4K/3D/120fpsハイフレームレート撮影である。簡単に説明しておけば、通常の映画は、秒間24コマで作られている。24枚の静止画を連続再生する事で絵が動いている様に見える訳だ。これを5倍の120コマで撮影するとどうなるか。1秒あたりのアクションとアクションの隙間が少なくなり、より密度の高い滑らかな映像を表現する事ができる。パラパラ漫画の枚数を無限に増やしていく場合をイメージすれば良いだろう。
残念ながら、日本にはオリジナルの映像をそのまま上映できる映画館がほとんど無い。私は半分の60fps上映を実施している映画館で鑑賞してきたが、それでもそのヌルヌルした滑らかな動きは実感できた。この作品の後、他の映画を続けて観た時に「何かカクカクしているな…」と違和感を覚えたぐらいである。という訳で、今作は通常のフレームレート、しかも2D上映で鑑賞したところでその魅力は全く伝わらないだろう。そして、この点こそが本作最大の欠点でもある。
ジェミニマン』は、基本的に4K/3D/ハイフレームレートでの上映を前提とした作品である事は先に述べた。その為、映画のあらゆるシーン、あらゆるショットがその目的のためにチューンナップされている。例えば、この映画ではカメラに映るものほぼ全てにピントが合わされている。通常の映画ならば、例えば人物の表情を強調したい時はそこだけにフォーカスし、反対に背景をぼかす事で奥行きのある映像を実現する。しかし、本作ではその奥行き表現は3D映像が担ってくれるので、逆に全てをくっきりと映し出す事が立体感を強める事に繋がるのだ(これはこの映画に限った話ではないが、奥行きの強調しやすい縦の構図が数多く挿入される)。また、4Kデジタルで撮影された映像はハイコントラスト、ハイダイナミックレンジの恩恵で、夜間や洞窟内の戦闘でも俳優のアクションがはっきりと見える。凝った映像を撮ろうとしたのか、画面が暗くて何が起きてるのかよく分からない映画というのが時々あるが、本作に限ってはその様な場面は一切無い。キャラクターの滑らかな動きを際立たせるために、視認性の高い画面作りが求められたのだろう。
この様に、様々な技術を駆使して『ジェミニマン』は映画を観ている観客にまるでその場にいるかの様な臨場感を味わわせてくれる。では、観客はその時どこにいるのだろうか。引退を決意した暗殺者がクローン人間と対決する奇妙な空間に、ではない。観客が感じるのは、まるで『ジェミニマン』という映画の撮影現場に居合わせたかの様な、ある種の醒めた興奮なのである。全てがくっきりと明るく映し出された空間とは、裏を返せば全てがフラットに扱われる均質な空間だとも言える。そこに、私たちが映画を観ている際に感じていたリアリティは存在しない。本作は現実のリアリティを追い求めたあまり、(奇妙な言い方だが)虚構のリアリティを見失ってしまったのではないか。膨大な予算が掛けられた筈の映像に、何か安っぽさを感じてしまうのは私だけではない筈だ。
いずれにせよ、本作は技術革新に伴う映画の未来について、私たちが感じているリアリティについて、深く考えさせてくれるエポック・メイキングな作品である事は間違いない。ぜひとも、可能な限り最適な環境での視聴をお勧めする。

 

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