事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ビー・ガン『ロングデイズ・ジャーニー この世の涯てへ』

映画の途中で2Dから3D映像に切り替わるという、一風変わった構成が話題になっているらしいので、私は普段3Dで映画は観ない(割増料金を払う程、金銭的な余裕が無い為)にもかかわらず、わざわざ3D上映が実施されている映画館にまで行ってきた。しかし、窓口のお姉さんによると、予定されていた3D上映は中止され普通の2D上映に変更されたという。何でもコロナウイルス対策の一環、という事らしい。
映画館は通常通りに営業しているのに、3D上映だけ中止というのは納得がいかない。おそらく、映画館で貸し出される3Dグラスは人肌に直接触れるから、という理由なのだろうが…その程度の事で、どれだけ感染リスクが高まるのか、おそらく何の科学的根拠も無く、世の中の自粛ムードに引きずられての対応なのだろう。ライブも演劇も、スポーツ観戦も軒並み中止や延期が相次いでいて、開催を強行しようものなら袋叩きに合う世の中である。そのくせ、満員電車に揺られて毎日仕事に出掛けている事については何の対策も採られていない。推奨されている時差出勤やテレワークは、一部の上場企業に勤める恵まれた人々だけで行われており、私の様な低学歴低収入のクズは死んでもかまわないから、せいぜい働いて税金を納めろ、という事なのだろう。その上、たまの休日にささやかな娯楽に興じる事も禁止され、貧乏人は家でじっとしてろ、というのだ。しかたなく、権力に飼い慣らされた愚民は他にやる事も無いから、ドラッグストアやスーパーに並んでマスクやトイレットペーパーを奪い合っている。映画に登場してもおかしくないディストピア時代の到来だ。そのくせ、アベとかいう史上最低の下痢便総理大臣とその取り巻き連中は庶民に我慢を強いる傍ら、毎晩高級料亭で飯を食ったり、パーティを開いて浮かれ騒いでいる。世の中が腐り切っているのは分かっていたが、こうした非常事態になると、いかにこの国の政治家や役人どもが無能かつ強欲な奴らであるかをまざまざと見せつけられる様で、更に絶望的な気持ちになってくる。もうどうでもいいから、アベとかスガとかアソウとか、偉そうにふんぞり返ってムダ飯食ってる奴らを誰かぶち殺せよ!どんな殺人ウイルス(感染した瞬間に全身から血が噴き出して脳みそが腐るウイルスとか)を使っても良いからさあ!その方が学校を全校休校にしたり(学校なんて例外なく行く価値が無いので、休校自体には賛成だが)、映画の3D上映を中止したりするより、よっぽど世の中の為になるよ!皆でやるべき事をやる。それがこの地獄の様な毎日から人々を救い出す唯一の解決法なのだ。
そんなこんなで、仕方なく本作を2D上映で鑑賞したのだが…まあ別に3Dでも2Dでもどっちでも良かったかな、というのが正直な感想である。映画の前半では、父の死をきっかけに故郷に戻った中年男が、かつて愛した女の行方を追い求めてあちこち訪ね回る、という村上春樹っぽい話を、ウォン・カーウァイばりのキメッキメの映像美で描いていく。緑の本とか謎めいたアイテムが出てきて、結局それが何なのか最後まで分からない、というのも村上春樹みたいだし、登場人物がやたらと煙草をスパスパ吸うのもウォン・カーウァイの映画を思わせる。この手の映画がお洒落と持て囃された(二度と訪れて欲しくない、唾棄すべき)時代もはるか昔、今更これはなあ…と、途中で眠たくなってしまった。
それだけだと、本作はスカした雰囲気のスノッブいけ好かない映画という事になってしまい、まあ実際にその通りとも言えるのだが、特筆すべきは後半部分である。80分を過ぎたあたり、ある場面をきっかけに映画はそれまでのフォトジェニックな映像から、50分に及ぶ3Dワンカット映像へと切り替わる。それに合わせて物語も抽象性を増し、探偵小説的なプロットから現実と虚構、現在と過去が入り混じる迷宮譚じみたものへと変化していく。この舞台装置のシームレスな移行を補強する為に、ワンカットによる撮影を取り入れたのだろう。まあ、それはそれで子供じみた発想だと思うし、映画内映画をきっかけに物語の空間が変容する、という仕掛けもダサいと言えば非常にダサい訳だが…
とはいえ、後半部分については鼻白む事なく最後まで観る事ができた。まあ、若気の至りというか、とにかく前のめりに、自分が撮りたい映画に向かって突き進むビー・ガンの姿に、ほほ笑ましくなったのも事実だ。ワンカット映像になっても前半の映像美が損なわれていないのは、セットや衣装、小道具を含めた美術面の隅々にまで作り手の美学を反映させているからだが、その辺も流麗なカメラワークもひっくるめて、非常に分かりやすい「ゴージャス感」に落とし込んでいる点もポイントである。独りよがりのアート映画という訳ではなく、誰もが「ああ、何かすごい映画を観たなあ」と思える様に娯楽映画としての側面に気を配っている。要するに良い意味で俗っぽいんだよね、この監督は。いかにも3D映像です、みたいな構図が無く、どちらかと言えば地味な画作りなのに、これだけ金が掛かってるなあ、と思わせるのは大した才能なのかもしれない。しかし、目当ての女は結局見つからず、たまたま出会った若い姉ちゃんといい感じになる、というラストはあまりにも村上春樹そのまんまで、ちょっと…

 

あわせて観るならこの作品

 

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ヒッチコックによるサスペンス/スリラー。姿を消した女を追い求める男、現実と虚構の混濁、といったテーマをもっとシンプルなプロットで描き切っている傑作。

 

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本作に影響を与えたと思しきウォン・カーウァイ作品の中から、最も村上春樹っぽい1作を。モノローグを多用した重層的な語り口と、クリストファー・ドイルによるキッチュな映像美はそ香港のみならず世界中に影響を与えた。 まあクドいと言えばこれほとクドい作家もいないので好き嫌いは分かれると思うが。長らく日本での上映権が消失したままだったが、最近になってAmazon prime videoで配信が始まった。