事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

藤井直人『新聞記者』

 

新聞記者 [Blu-ray]

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  • 発売日: 2019/11/22
  • メディア: Blu-ray
 

私は安倍晋三は歴代総理の中でもクソ中のクソだと思っているし、こんな政権は早く潰れろ、と心から願っている。伊藤詩織氏の事件にしろモリカケ問題しろ、日本のマスメディアは、権力に対して余りにも迎合的で本来果たすべき役割を見失っているのではないか。まあ、どうせマスメディアで働いている連中なんて権力志向丸出しのいけ好かない偽善者しかいないのだろうが…(偏見)

そんな絶望的な状況下で、こうした映画が全国規模で公開された事は意義深い。近年、ハリウッドでは『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』や『記者たち 衝撃と畏怖の真実』など、権力とマスメディアの闘いを描いた映画が続々と作られているが、本作はそうした流れに呼応したものだろう。もちろん、トランプ大統領安倍総理のメディア対応に相似性がある事の証だとも言える。

しかし、アクチュアルで重要な素材を扱っているからといって、イコール良い映画、となる訳ではもちろんない。残念ながら『新聞記者』は前述2作の様な映画的強度を持ち得ていないのだ。『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』を明らかに意識した様なシーンがあるだけに、完成度の差が残酷なまでに浮かび上がってしまう。

私が最も不満を覚えたのは、この手の映画で最大の見所である筈の、記者たちの取材によって得られた情報が徐々に組み合わされ、やがて驚くべき真実が明らかになる、といった展開が無い事である。確かに、この映画にも「真実」は存在する。しかし、それは出来損ないの推理小説の様に安易な形で記者にもたらされるのだ。

要するに『新聞記者』というタイトルに反して、記者たちの取材活動の描写が非常に薄っぺらい。そして、その隙間を埋めるかの様に、日本映画お得意のウェットなエピソードが挿入される。吉岡記者の父親にまつわる回想シーンや、官僚杉原の子供が生まれるシーンなどが典型的だが、そもそも人物造形が余りに類型的なので、こうしたエピソードも胸に迫ってこない。どうも映画の主人公を新聞記者と官僚の2人に設定した事が裏目に出てしまっていると感じた。2人が対峙するラストシーンはなかなか良かったのだが…

ところで、本作で明かされる「真実」はなかなか壮大な内容だが、もちろんこれはエンターテイメントとしての脚色である。実際のモリカケ問題は、総理の奥さんがどうした、アホ官僚の忖度がどうしたという、しょうもない内容だったので、映画に相応しくないと判断したのだろう。しかし、安倍政権が官僚の自殺や公文書改ざんといったスキャンダルまで引き起こしながら、結果的に逃げ切ったのは、このしょうもなさに依るところが大きいのではないか。そう考えるとなかなか馬鹿にはできないのである。

 

 

あわせて観るならこの作品

 

スピルバーグ近年の傑作。終盤の輪転機が回って新聞が刷り上がり、それが人々のもとへ配られていく、というシーンにスピルバーグのメディアに対する矜持が込められている。それは上流から下流へと広がっていくものであり、SNSの様に水平方向に拡散していくものではない。こちらは以前に感想を書いています。

 

スポットライト 世紀のスクープ[Blu-ray]
 

こちらは政治権力ではなく宗教とマスメディアの闘いを描いた作品。タブーに触れる、という意味ではこちらの方がより過酷な戦いを強いられた筈だ。