事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

スティーヴン・スピルバーグ『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』

 

スピルバーグが他の作品を後回しにしてでも、この作品の公開を急いだ理由、それは現代に生きる人々であればすぐに察しが付くはずだ。何しろ、どこぞの国の大統領や総理大臣は、自政権に不都合な報道をするメディアをフェイクだ、ねつ造だと決めつけ、SNSで拡散しようとする連中なのである。この野蛮さと速度に、新聞や映画といった旧来のメディアがどの様に対峙すべきなのかが、現在問われているのだと言えよう。
輪転機が高速回転するショットが何度も挟み込まれる事からもわかる通り、実際、スピルバーグは本作で新聞というメディアのスピード感を描く事に執心している様だ。国防省から持ち出された最高機密文書をワシントン・ポストが入手してから、翌朝の朝刊を印刷するまで8時間しか残されていない。その間に、トム・ハンクスら編集者たちは、並び順がバラバラになった4,000ページもの資料を正しく並べ替え、内容を精査し、正確な記事を書かねばならない。その様な迂遠なプロセスを踏まなければ、新聞はSNSの様な野蛮さに堕してしまうからだ。

勿論、これは映画も例外ではない。幾ら9か月で撮り終えたとはいえ、本作は俳優陣の深みのある演技と、丁寧な演出の積み重ねによって成り立っているのだ。その質の高さにおいて、本作はYouTubeの配信映像などとは比べ物にならない完成度を有している。「野蛮な速さ」ばかりが持てはやされる現代において、スピルバーグの「丁寧な速さ」はやはり重要だ。