事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

黒沢清『散歩する侵略者』

 

散歩する侵略者 通常版 [Blu-ray]

散歩する侵略者 通常版 [Blu-ray]

  • 発売日: 2018/03/07
  • メディア: Blu-ray
 

『CURE』で描かれた幸福な解放感を伴う自我の喪失、『回路』を思わせる光溢れる荒廃した世界の風景、『岸辺の旅』が活写した喪失感と背中合わせの愛の充足、『クリーピー 偽りの隣人』で見せた倫理すら感じさせる背徳的な共犯関係、黒沢清はこれまで相矛盾する複数の要素をまとめ上げる事で唯一無二の世界を作り上げてきた。お得意の猟奇的な殺人シーンから幕を開ける本作は、ひねりの効いたストーリーテリングで観客を楽しませながら、侵略SFというジャンル映画の枠組みを利用しつつ、そうした過去作のモチーフを豊かに変奏する。原作は劇団イキウメの舞台だが、やはり「概念を奪う」というエイリアンの能力はどちらかと言えば演劇向きで、ビジュアル的としての説得力も求められる映画には難しい題材だと思うが、黒沢清は極端に戯画的な演出を施す事でそれを乗り越えようとした様だ。予算の関係上、VFXなどはどうしてもチープな感じがしてしまうが、その点も含めて昨今の黒沢映画の中では、最もB級映画らしい作品と言える。B級映画らしく、本作は図々しいまでに楽天的な結末を迎えるのだが、これはスピルバーグ版『宇宙戦争』のパロディだろうか。エピローグに映し出される、長澤まさみの悲痛な無表情が胸を打つ。