事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

アリ・アスター『ミッドサマー』

この企画、そもそもはスウェーデン側から持ち込まれたものらしいが実際に出来上がった映画を観て、お偉いさんが怒ったりしなかったのかね。「テメエ、人様の国を何だと思ってんだ!」とか…
まあ、それはともかく『ヘレディタリー/継承』が世界中で大絶賛を浴びたアリ・アスター監督の新作は、スウェーデンの山奥にひっそりと暮らす奇妙なコミュニティの村を訪れた学生たちが、想像を絶した悲劇に襲われる様を描いたフォークロア・ホラーである。オカルト・ホラーのフォーマットを利用した前作が、主に薄暗い家屋の中で物語が展開していく事もあって、終始重く暗い色調に支配されていたのに対し、白夜のスウェーデンを舞台にした本作は、抜ける様な青空や美しい花々の明るい色彩が強調されている。いかにも不吉な事が起こりそうなムードが横溢していた前作に比べれば、本作は一見するとピースフルな空気が漂っており、それがまた後に起こる惨劇の禍々しさとの著しいコントラストを為すだろう。
『ヘレディタリー/継承』と『ミッドサマー』と続けて観てきた事で、監督兼脚本を手掛ける才人アリ・アスターの作家としての輪郭がはっきりしてきた様に思う。この監督は、私たちが日頃から縛られている関係性―それは家族であったり恋人であったり友人であったり様々な形を取る訳だが、その通俗的な関係性の鎖を断ち切って、より大いなる存在に触れる瞬間を待ち望んでいるのだ。それは別に、アリ・アスター個人が人間嫌いであるとか厭世家であるとかいった事を意味しない。もちろん、彼がカルト気質のある宗教家である事も意味しない。アリ・アスターは、人間がありとあらゆる関係性から逃れて、絶対的な「孤独」と対峙する瞬間に救いを見出しているのである。
『ヘレディタリー/継承』では、冒頭に映し出されるドールハウスに象徴されていたとおり、ある家庭が娘の死をきっかけに崩壊していく過程が、蟻の巣箱を観察するかの様な突き放した視線で描かれていた。ホラー映画のプロットと同期して語られるある家族のドラマは、その破滅がいよいよ決定づけられた瞬間に悪魔憑きの物語に飲み込まれてしまう。『ヘレディタリー/継承』の悲惨なラストが観客にカタルシスを与えるのは、ホラー映画としての大団円がファミリードラマの側面にまで浸食していくからである。
『ミッドサマー』でも同様に、フォークロア・ホラーとしてのプロットと同時進行的に、主人公ダニと恋人クリチャンの恋愛模様が語られていく。本作はホラー映画であると共に、恋愛映画として観る事も可能なので(実際、この作品はアリ・アスターの失恋体験が反映されているらしい)、本稿ではその側面から語ってみたい。 ダニとクリスチャンが交際を始めて既に4年の月日が経過している。精神的に不安定な状態が続き、恋人の存在に依存し続けるダニに対し、クリスチャンはうんざりしながらも別れを切り出す事ができない。それは、突然起こった悲劇によって家族を亡くしたダニに対する同情心からでもあろうし、己が絶対的な優位に立っている恋愛関係への執着からでもあるだろう。逆にダニは、愛する家族を失った心の欠落を埋める為に、今まで以上にクリスチャンへの執着を強めている。当初から、2人の関係性には歪な不均衡が内在しているのである。
惨劇の舞台となるスウェーデン奥地のホルガ村に到着してから、この2人の関係は大きく揺らぐ。ダニはクリチャンの人間的な冷たさを知り、彼の自分への愛情を疑い始める。時を同じくして、クリスチャンの友人であるペレは、「クリスチャンには君の事は守れない」と彼女に忠告をする。そして、ダニがクリスチャンの「浮気」現場を目の当たりにするに及んで、2人の別れは決定的なものとなるのだが、ここでダニがクリスチャンに別れを告げ、彼女を傍から見守り続けてきたペレと結ばれるのであれば、恋愛映画ではよくあるタイプのハッピーエンド、という事になるだろう。例えば、自分勝手で冷たいかつての恋人がひどい目に遭うのを尻目に、ヒロインが新しい恋人と手を取り合って危機を脱する、という様な結末であれば珍しくも何ともない。ラブストーリ要素のあるホラー映画というだけの話だ。もちろん、アリ・アスターはそうした凡庸な結末を徹底して拒否する。
ダニたちを故郷の村に呼び寄せたペレは、家族の死から未だ立ち直れず、更にクリスチャンとの恋愛についても苦悩するダニに心から同情し救いの手を差し伸べようとする。しかし、かといって彼自身がクリスチャンに代わってダニを守ろう、と考えている訳ではない。ホルガ村の出身であり、村のしきたりに忠実である彼は、あくまで故郷に伝わる教義に則って、ダニを救おうとするのだ。
村に伝わる教義がどの様なものなのか、村人たちが協議に従って行う儀式とは何なのか。それは伏せておく事にしよう。ただひとつ言える事は、ホルガ村で受け継がれてきた教義は、親しい人の死や別れがもたらす喪失感に対抗すべく生み出されたものだ、という事である。それは部外者にとっては邪悪な振る舞いにしか見えないかもしれない。しかし、ホルガ村の住人たちもまた、私たちと同じ悩みや苦しみを抱き、それに抗おうと戦ってきたのだ。『ヘレディタリー/継承』と同じく、本作もまた異様なハッピーエンドに帰着していく。しかし、そのグロテスクな見かけの裏には、現世の苦しみから逃れ、救いを求める人々の真摯な願いが込められている。

 

あわせて観るならこの作品

 

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アリ・アスターが敬愛するスウェーデン映画界の巨匠、イングマール・ベルイマン。撮影に入る前に『叫びとささやき』をスタッフ全員に観てもらったそうだが、フレームの外で不穏な話し声や物音が鳴り続ける演出は、この作品に倣ったものだろう。

 

ウィッカーマン

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  • エドワード・ウッドワード
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スコットランドを舞台に、カルト宗教の奇祭に巻き込まれた警察官の運命を描いた一作。『ミッドサマー』が最も影響を受けた作品と言っていいだろう。2006年にニコラス・ケイジ主演でリメイクされた。