事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ブライアン・デ・パルマ『ドミノ 復讐の咆哮』

ブライアン・デ・パルマ8年ぶりの新作という事で、少しぐらい出来が悪くても、何だかんだとデタラメを並べて「全ての映画ファンが観るべき10年に1度の傑作!」ぐらいのハッタリをかまそうと―何しろ、俺の映画評はそんなのばっかりだから―身構えていたのだが、さすがにこれは…とにかく脚本が酷すぎる。別にストーリーが破綻しているとかそういう話ではない。デ・パルマの映画で破綻していない作品など1本も無いのだから、そんな事はどうだっていいのだ。むしろ、全く破綻していないのに、ここまでつまらない話を書けるものなのか、と驚くぐらいに端的に面白くないのである。
とにかく腹が立ったのは、『ドミノ 復讐の咆哮』という題名なのに全然ドミノじゃない事だよ!こういうタイトル付けられたら、発端となるべき事件が起こり、それがまた別の事件の呼び水となって、もはや誰も止められないまま次々と悲劇が連鎖していく、みたいな話を想像するじゃないか。ところが、この映画ではドミノの牌が2個ぐらいしかない。パタン、パタン、と倒れてそれで終わり。一応、デンマーク警察の刑事である主人公のパートと、アメリカCIAの諜報部員のパートを交互に描く、という工夫が凝らされてはいるが、最後の最後まで2つのパートが交錯しないし、それも「あ、どもども」みたいな、あいさつ程度のやり取りで終わるので「だから何なんだよ!」という感想しか湧いてこない。そもそも、『ソフィーの世界』の脚本家にサスペンス映画のシナリオを書かせる事自体、気が狂っているとしか思えないのだが…
しかし、そこはデ・パルマ先生である。野党の牛歩戦術みたいに遅々として進まないストーリーを、何とか映像テクニックだけでもたせようと必死に頑張っている。冒頭のエレベーターと階段を駆使した、高低差のある舞台装置で展開するサスペンスは、ヒッチコキアンの面目躍如と言ってもいい。しかし、デ・パルマの素晴らしさは、こうしたヒッチコックを思わせる流麗なカメラワークだけではない。「いったい、何を考えているんだ?」と正気を疑いたくなる無意味なショットにこそ、その真骨頂がある。例えば、その冒頭場面の直前に置かれた、主人公クリスチャンが自宅に拳銃を忘れてしまうシーンを思い出そう。相棒と一緒に巡回に出掛けようとするクリスチャンは、彼女が「ねえ~もう1回しようよ」とおねだりしてくるので、「しょうがねえなあ」とイチャイチャし始める。このアホらしい場面で、デ・パルマは引き気味の俯瞰ショットから徐々にカメラを寄せていく。最後に大写しになるのはもちろん、クリスチャンが置き忘れていった拳銃だ。映画史上、ここまで壮大な忘れ物シーンを観た事があっただろうか。
そして、多くの人が絶賛するであろう(そうでもないか…)闘技場の場面である。『スネークアイズ』を思わせる大観衆が注目する中で起きる惨劇を、デパルマは登場人物を背後から追うカメラワークと、しつこい程のスローモーションで描いていく。テロリストは闘技場の観客席で自爆テロを仕掛けようとするのだが、テロ実行のタイミングを教える為に、空中には怪しげなドローンが飛んでいる。そのドローンの下部が赤く光ったら爆弾のスイッチを押せ、という事らしい。何でそんな回りくどい事しなくちゃならないの?電話じゃだめなの?その前に起こした映画祭での銃乱射テロでは実行犯に電話で指示してたでしょ?心ある映画ファンならそんな疑問が浮かんでくるかもしれないが、デ・パルマは「うるせえ!そんな細かい事をいちいち気にする奴は俺の映画を観るな!」とばかりに、映画のクライマックスでこのドローンにある重要な役割を果たさせる。その時、観客はどう考えても無意味としか思えなかったドローンの存在が、この場面の伏線だった事に気づく。そして、じゃあこれが何の為の伏線だったのか、と考えるとよく分からなくなって頭を抱えるに違いない。
観る者を戸惑いと困惑の沼に突き落す、まさにデ・パルマ的としか言いようがない名場面である。

 

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ヨーロッパで映画を撮る様になってからのデ・パルマはどれも傑作揃いだが、そのほとんどが酷評されている。世の中、どうなっているんだろう。その中でもお勧めはこれ。とにかく呆然とするしかないラストシーンが素晴らしい。

 

実在のバウンティ・ハンター、ドミノ・ハーヴェイの体験をもとにしたクライム・サスペンス。トニー・スコットらしい添加物大盛りの映像や、カットバックを多用した編集のせいで何が何やらよくわからなくなっているのだが、とにかく全編を通じての異常なテンションの高さは必見。