事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

今泉力哉『愛がなんだ』

 

愛がなんだ (特装限定版) [Blu-ray]

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中目黒のクラブミュージックがガンガンにかかっているお洒落なバーに呼び出された成田凌が、明らかに自分とは生きている世界が違うパリピに囲まれて居心地の悪い思いをしながら、ボッチになっている事を気づかれたくないので(あるいは自分で気づきたくないので)、周りの話にあいづちを打ちながら必死に会話に加わっている風を装う。

勝手にふるえてろ』で無理やり勤め先の飲み会に誘われた松岡茉優が、トイレに行くふりをして店を出るなり「Fuck!Fuck!Fuck!」と大声で叫ぶシーンには思わず「わかる!」と立ち上がりそうになったものだが、それに匹敵する名場面である。このシーンとその成田凌に飲みに誘われた岸井ゆきのが、その場で紹介された江口のりこに彼が想いを寄せている事実を突き付けられ、その帰り道に突然フリースタイルラップで江口のりこをDisり始めるシーンを見るためだけにでも映画館に走る価値はあると断言しよう。

さて、上述した2つの酒席では成田凌のテンションが天と地ほども違い、自分のフィールドでは他人に目もくれずにはしゃぎ回るくせに、いざ外に出ると途端に委縮する彼の性格が簡潔に示されている。もちろん誰にだってこうした経験には覚えがある筈だ。自分が自分らしく振る舞える領域という事なら、まずは自宅が思い当たるが、ならば他者とのコミュニケーションにおいて優位に立とうとするには、その人を自分の家に招くのが最も効果的であるに違いない。

この映画の恋愛相関図で優位に立つ成田凌深川麻衣は、常に岸井ゆきの若葉竜也を自分の家に招く。中目黒の飲み会の帰り道、初めて成田凌岸井ゆきのの家を訪れ身体を求めるのだが、この時に限って彼の男性器は機能しない。このエピソードは、自らのフィールドから外に出ると彼がいかに自信を失ってしまうかを如実に示しているのだし、実際、彼はその場で自分は人に好かれる様なものを何も持ち合わせていない、と自嘲気味に語る。

この様に、言わば地勢的な支配関係が成立した恋愛映画において、それでは彼らの変化はどうやって訪れるのか。端的に言えば「他者の領域から発せられた言葉」という事になるだろう。成田凌が己の振る舞いの残酷さに気付いたのは、岸井ゆきのの親友である深川麻衣からの電話だったのだし、若葉竜也が従属的な恋愛関係を断つ事を決意したのは成田凌の何気ない言葉からだった。今まで犬の様に呼びつけるばかりだった若葉竜也の個展を訪れた深川麻衣の変化は、岸井ゆきのとの喧嘩をきっかけにもたらされる。自らが成長、変化する端緒は常に他者や外部に存在するという、青春映画における正統な倫理観がここでも働いているのだ。

さて、それでは他者の言葉にいっさい耳を傾けようとせず、過去の自分としか向き合おうとしない岸井ゆきのは何をきっかけに、どの様に変化したのだろうか。実は、本作の難解さはこの1点に集約しているのだが、彼女が最後につぶやく言葉とラストの象の飼育場面から想像するに、彼女は「招かれる」自分を脱ぎ捨て、「招く」側に移り変わろうとしているのかもしれない。彼女の選択は恋愛映画のフォーマットからは大きく外れたものだが、そもそも『愛がなんだ』は恋愛映画ではないのである。

 

あわせて観るならこの作品

 

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ディスコミュニケーション系恋愛映画の傑作。以前に感想を書いています。 私たちが恋愛映画にカタルシスを覚えるのは、何も愛する2人が結ばれた時だけではない、という事がよく分かる1作。

 

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今泉力哉監督は日本のホン・サンスと呼ばれているそうで。こちらは以前に感想を書きました。