事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ホン・サンス『正しい日 間違えた日』

 

正しい日 間違えた日 [DVD]

正しい日 間違えた日 [DVD]

  • 発売日: 2019/03/06
  • メディア: DVD
 

講演の為にある地方都市を訪れた映画監督と、その町に暮らす女性画家との束の間の恋愛模様を描く本作は、リチャード・リンクレイターの『恋人までの距離』韓国版といった趣だが、前半と後半で同じストーリーを反復しつつ、ただ登場人物の台詞や些細な行動の違いによって、2人の恋愛模様の展開が変わっていく、マルチエンディング構成となっている。例えば『弟切草』や『かまいたちの夜』といったゲームを想像すると分かりやすいかもしれない。

反復されるストーリー展開において、とりあえず前半のエンディングを「間違えた日=失敗」、後半のエンディングを「正しい日=成功」と捉える事は可能だが、しかし主人公の映画監督が思い描いた「成功」が、前半と後半では若干ずれている事に注目したい。すなわち、既婚者であり子供が2人いる映画監督にとって、前半での目的はたまたま知り合った女性画家と一夜限りの関係を結ぶ事であった筈だ(つまりナンパ)。

先述した通り、この目的は前半では「失敗」を迎えるのだが、かといって後半で成就できた訳でもない。後半では、映画監督と女性画家が一瞬でも心を通わせる事ができた、という点において「正しい日」とされているからである。
では、この転換がどの時点で生じたか。それはおそらく、女性画家の描いた絵に対し映画監督が感想を述べる場面である。前半の展開では、女が描いた絵に対し男は称賛の言葉を連ねるのだが、実はそれが映画監督としての自身の信念を模倣した言葉に過ぎない事が分かる。つまり、彼女の絵について語っている様で、自分の事しか語っていないのだ。だからこそ、彼は寿司屋のシーンで「私には友達がいない」という女性画家の言葉に沈黙せざるを得ない。彼は、他者の孤独について語る言葉を持ち合わせていないからである。後半の展開において、彼の言葉がどう変化したか、それは実際に映画を見てご確認頂きたいが、少なくともここで彼は初めて他者と向き合う事を学び、批評の言葉を獲得したと言える。