事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ルカ・グァダニーノ『サスペリア』

 

サスペリア [DVD]

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  • 発売日: 2019/07/02
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本作の冒頭、クレンペラー博士の部屋にユングの著作が置かれていた事に注目して頂きたい。この映画の舞台となる、マルコス・ダンス・アカデミーでは、夜な夜な魔女の集会が開かれ、彼女たちは始原的存在である「嘆き(サスペリア)の母」を現代に復活せしめるため、生徒たちの中からその器となるべき存在を物色していた。ならば、この「嘆きの母」こそが魔女たちにとって、ユングの言う元型=「グレートマザー」であると考える事ができるだろう。

また、本作最初のゴアシーンであるオルガの死のダンス、主人公スージーの踊りに合わせて少女の身体がグロテスクに変容していく場面が、全面鏡張りの部屋を舞台に展開していた事も興味深い。クレンペラー博士の講演の演目がラカンであった事を考え併せるならば、これはラカンの言う鏡像段階を示唆していると考えるべきだろう。ラカンによれば、人は生後6カ月から18カ月の間に鏡に写った自分の姿を認識する事で、自我を形成していくとされる。「嘆きの母」=「グレートマザー」の器として失格の烙印を捺されたオルガは、より完璧な器であるスージーのダンスによって、身体=自我を矯正されていくのである。ルカ・グァダニーノによるリメイク版『サスペリア』は、母との同一化を強制される子供たちの悲劇、そのグロテスクな側面を強調する。

…というのは、私が適当に作ったヨタ話である。本作の「政治映画」としての側面については、公式サイトから観る事のできる町山智浩氏の見事な解説動画に詳しいが、本作にはこうした象徴的なシーンやカットが全編にわたって散りばめられており、視点をずらせば以上の様な解読が幾らでも可能なのだ。だからどうという話でもないが、近年稀に見る「真面目」に作られた映画として一定の評価はされるべきだろう。

しかし、その「真面目さ」が映画としての強度を保証しているかどうかは分からない。ダリオ・アルジェントによるオリジナル版『サスペリア』は、今回のリメイク版に比べるとかなりいい加減な話だし、意味不明な部分もある。しかし、リメイク版のクライマックスで明かされるスージーの真の姿より、オリジナル版のラスト、炎上するバレエスクールから逃げ出すスージーが見せる不可解な微笑みの方が、何倍も不気味な佇まいを見せていたのも確かなのだ。

 

あわせて観るならこの作品

 

サスペリア プレミアム・エディション [DVD]

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  • 発売日: 2005/07/23
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ダリオ・アルジェントの名前を知らしめた傑作。理屈もへったくっれもない意味不明の恐ろしさ、という上ではオリジナル版に軍配が上がる。ちなみに『partⅡ』は日本の配給会社が勝手に続編扱いにした全く無関係の作品。こちらも傑作。