事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

クレール・ドニ『ハイ・ライフ』

 

ハイ・ライフ [DVD]

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トロント映画祭に出品された際は賛否両論だったという本作、劇場公開されてからの評判は、どちらかというと否定的な意見の方が多いのかもしれない。確かに、観ていて何か嫌な気持ちにさせられる映画なのだ。

本作では、妊娠する女性が多数登場する(というか、妊娠する為だけに宇宙船に集められている)。しかし、その受精方法は人工授精と定められ、乗組員の男女で性行為を行う事はいっさい禁じられている様だ。基本的に、精子は男性乗組員から定期的に採取し、人工的な手段によって女性乗組員の胎内に送り込まれる。各個人の性欲については、自慰行為を人工的にサポートする施設が設けられており、そこで処理する事を義務付けられている(ジュリエット・ビノシュがこの施設内でオナニーする場面のあほらしさは本作の見どころのひとつ)。

つまり、本作の生殖行為には愛=エロスというものが全く介在しない。唯一のSEXシーンについても、その後に膣内から精液を取り出し試験官に採取した後、別の女性の胎内に注入する、という実験の序段階でしかないのだ。性愛の存在しない環境下で、生殖行為だけが何度も繰り返し行われる。もはや、この宇宙船内の人間は動物とほぼ同じ存在なのである。

精子の提供者に徹する事を強いられた男性乗組員たちはやがて、鬱屈した不満を抱き、女乗組員に性行為を迫る者、暴力で犯そうとする者が現れる。女性乗組員たちも、胎児の容器としてのみ扱われる(胎児が生まれた場合もすぐに保育器に移され、母としての役割を奪われてしまう)事に耐えられず、精神を荒廃させていく。

乗組員たちが倦み疲れ、秩序が崩壊していくプロセスがもっと明瞭に描かれていれば、もう少し親しみやすい映画になったのではないか、という気もするが、ジャック・リヴェットの助監督だったクレール・ドニにそれを求めるのが間違っているのだろう。とにかく、全体を通して観客に嫌悪感を抱かせる演出は素直に評価できる。

さて、宇宙船に残された主人公モンテとその娘ウィローは、ブラックホールへと向かう。それは全てを飲み込む虚無でもあり、全ての生命が生まれた起源でもあろう。胎内に回帰しようとする者たちの、希望と畏れの入り混じった表情を捉えて、この不可解な映画は幕を閉じる。

 

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 眠くなるSF映画の傑作。

 

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 題名が似ているので…J・G・バラード原作のSF映画。そういえば、本作のテーマも何となくバラードっぽい。