事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

テイラー・シェリダン『ウインド・リバー』

 

ウインド・リバー [Blu-ray]

ウインド・リバー [Blu-ray]

  • 発売日: 2018/12/04
  • メディア: Blu-ray
 

テイラー・シェリダンは、自身の映画において2つの点を重視している様だ。1つめは、アメリカの辺境を舞台に、アメリカ人が決して正視しようとしない現実をスクリーンに焼き付ける事。もう1つは、そうした社会学的なテーマを70年代的なバイオレンス映画に強引に接続しようとする事。ドナルド・トランプが掲げるアメリカ中心主義とは「被害者意識」の暴走とも言える。彼らは、自分たちが中東やアジアから不当な扱いを受けていると考え、失われた権利を取り戻せと叫ぶ。社会的には強者である筈の人々が心理的弱者へと変貌した果てに、自国中心主義が生まれるのはどの国でも同じである。しかし、本作が舞台とする辺境の土地では、前述の「中心」とは決して相容れない、独自の価値観や論理を持つ真のマイノリティたる人々が生きているのだ。その存在を直視ししない限り、「中心」の秩序を回復しようとするFBI捜査官が事件の本質に触れる事はできないだろう。『ボーダーライン』エミリー・ブラントほどではないが、本作のエリザベス・オルセンも捜査の主導権を地元のハンターに譲渡し、雪深いワイオミング州の山中で右往左往するばかりなのだ。辺境の住人とは、彼女にとって姿なき人々も同然だからである。では、この土地で最も有効な捜査方法とは何なのか。それは、雪上の足跡を丹念に追う事である。そこには、雪に囲まれた土地に追いやられた人々の苦悩や絶望がはっきりと刻みつけられている。姿なき人々が残した軌跡を観察し読み取る事は、「ハンター」であり「探偵」でもある男にとって最も信頼に足る武器となる筈だ。