事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ナディーン・ラバキー『存在のない子供たち』

 

存在のない子供たち [Blu-ray]

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  • 発売日: 2020/05/08
  • メディア: Blu-ray
 

『万引き家族』を観て反日映画だ何だと騒いでいた輩も、本作は素直に受け入れられるだろう。なぜなら、この映画の中で描かれているのは、彼らが実情を知る由もない(知ろうとしない)遠く離れたレバノンの貧困問題だからである。

しかし、強制帰国を恐れ、子供の存在を隠したまま不法就労を続けるエチオピア難民ラヒルの姿に、我が国の外国人技能実習生を重ねる事ができる。彼らは、家族の帯同を許されていないが故に子供が生まれた場合は帰国しなければならない。なかには勤め先から堕胎するか帰国するかの二者択一を迫られるケースもあるという。恋をし、子供を設ける。この人間にとって至極あたり前の行為すら許されていない人々は現実に存在する。貧困や宗教対立、国家間の紛争によって住む場所すら奪われた彼らは、新自由主義が席巻する資本主義の残酷なシステムに否応なく飲み込まれてしまう。これは、レバノンだけの問題ではないのである。

『存在のない子供たち』というタイトルが示す通り、主人公ゼインは親が出生届を申請しなかった為に、法的には生まれていない事になる。彼は教育すら受けさせてもらえず、幼少時より過酷な労働を強いられ、まさに労働機械=ものとして生きているのだ。その彼が、親を「自分を生んだ罪」によって両親を告発するショッキングな場面から映画は始まるが、しかし、本作はこの両親を人でなし(毒親)として糾弾するだけの映画ではない。

確かに、ゼインの両親は親としての務めを全うせず、生活の為に11歳の娘を嫁に出してしまう様な人間である。本来、親にとっての子供とは何物にも替え難い「交換不可能」な存在である筈だ。しかし、貧困に喘ぐ人々はそうした価値観すらすり減らし、やがて子供を「交換可能」な商品として消費せざるを得ない。その際、人間が本来有している筈の権利や身分など、「交換」という経済活動にとって邪魔なだけだろう。

本作に登場する人身売買のディーラーが、就労ビザなど身分証明書の偽造にも手を染めているのは当然である。「交換不可能」なものを「交換可能」な商品に変え、流通させる事が彼の仕事だからだ。しかし、それこそが資本主義が本質なのではないだろうか。私たちは、「交換不可能」な筈の自然から、数多の商品を作りだし流通させてきた。ゼインの母親は子供を「神からの授かりもの」と捉え、妊娠する度に神に感謝している。彼女が抱える矛盾を、私たちも共有しているのだ。

ナディーン・ラバキーは、レバノンのストリートで暮らす人々を俳優として採用し、フィクションとノンフィクションが混ざり合った様な不思議な映画空間を作り出している。色彩の変化に乏しいレバノンの街を衣服や食物の原色で彩りつつ、光り輝く遊園地の風景を対比的に登場させるなど、色彩設計の確かさが映画に救いを与えている。

 

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  • 発売日: 2018/05/25
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是枝裕和作品なら『万引き家族』も良いが、こちらもお勧め。まさに「存在のない子供たち」をテーマとして扱っている。YOUのキャラクターを活かした配役がお見事。

 

これも「存在のない子供たち」テーマと言える。子供たちの困窮した生活と対比する形で遊園地が登場するのも共通している。以前に感想も書きました。