事件前夜

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トッド・ヘインズ『ワンダーストラック』

 

ワンダーストラック [DVD]

ワンダーストラック [DVD]

  • 発売日: 2018/08/24
  • メディア: DVD
 

クラシック映画の手法を完コピしながら、そこにアクチュアルなテーマを盛り込むトッド・ヘインズの新作は、1977年と1927年のNYを交互に、しかも全く異なる映像で描くという離れわざをやってのけている。

鮮やかな色彩とざらついた画質で撮られた77年パートは、出世作ベルベット・ゴールドマイン』を思わせ、ヒッピーカルチャーの猥雑な空気感を見事に再現しているのに対し、27年パートはサイレントモノクロ映画へのオマージュを盛り込み、大げさな効果音とオーバーアクトを多用しドラマチックに語る。こちらには、作中作として架空のサイレント映画まで挿入する凝りようだ。
特筆すべきは、両パートの主役たちを聾唖者に設定する事で、撮影手法と主題を密接に結びつけている事だろう。27年パートでは音声による台詞が省略されているが、これは耳の聞こえない少女の側から世界が描かれているからである。聾唖者である少女に大人たちが何かをまくし立てても、その音声が消されている為に、その姿は作中作のサイレント映画に登場する人物と全く変わるところが無い。しかし、27年パートはあくまでトーキー映画として作られているので、サイレント映画の様に字幕が観客の理解を助けてくれる訳でもないのである。聾唖者である少女にとっての世界を音声の無いトーキー映画に例えるなら、それは健常者にとって字幕の無いサイレント映画と同じ困難有している筈だ。

トッド・ヘインズは、サイレント映画がトーキー映画へと切り替わる1927年を舞台にする事で、映画史における技術の進歩が社会的マイノリティを文化的マイノリティへと追いやった現実を暴き立てる。