事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ケネス・ロナーガン『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

 

マンチェスター・バイ・ザ・シー [Blu-ray]
 

現在進行形のエピソードを寸断する様に、過去のエピソードがぶっきらぼうに挿入される。決して、洒脱とは言えない語り口である。しかし、この不器用さこそが本作の肝なのだ。自らの過ちによってかけがえのない存在を失った主人公。彼は罪の意識から逃れられず、住み慣れた土地を離れ世捨て人の様な生活を送っている。病死した兄の遺言によって甥の後見人に指名され、彼は逃げ出した土地へと再び戻る事になるが、当人に何の相談もなく決められたこの遺言こそ、過去と決別し未来に向かって進め、という兄から弟へ向けたメッセージなのだ。だから、彼は忌まわしい記憶に覆われた土地で、歩きださねばならない。そして映画が描くのは過去に囚われた彼らの、あまりにも鈍重な歩みである。主人公の元妻も、アル中を克服した兄嫁も、皆が新しい未来を目指して何とか歩いている。しかし、その足取りは重く、傍からは不格好なよたよた歩きにしか見えない。映画の中盤に描かれる主人公と元妻の、そして母と息子の対話シーンは、その不器用さにおいて悲痛な対照をなす。相手を本当に慰める言葉なんて言えない、失われた過去を埋める術なんて思いつきもしない。投げたボールは相手に受け止められず、無様に道を転がるだけだ。しかし、それでも彼らは歩き続けるだろう。あまりにも鈍臭い、下手くそなキャッチボールを繰り返しながら。